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『こころ日誌・インスペクシオ』#13 カケルの母親

『こころ日誌・インスペクシオ』#13 カケルの母親

カケルの母親

私はやすらぎルームのソファの上で5時間目のチャイムが鳴るのを待っていた。
先ほど小会議室の連絡会の様子が思い出される。
「加納先生、工藤のカウンセリングの経過はどうですか?」
佐々木先生が私に発言を求めてきた。
「あ、はい。えっと、初回の時は頭を抱えてしまって全然話してくれなかったんですが、2回目は結構たくさん話してくれました。彼の独特な興味の話をしてくれました」
「じゃ、カウンセリングは進んでいるって見ていいですか」

正直......全然そんな感じはしない。
単に頭を抱えていた防衛が言葉の防衛に変わっただけだ。

そう思いながらも、そんなことは言いにくい。
「はい。少しずつ彼が心を開いてくれるといいと思っています」
私はそう返事していた。
田中先生が口を開く。
「私から母親に病院受診を勧めました。母親はすぐに病院探してくれたみたいなんですが、どこも待ちが長いみたいで、なかなか難しいそうです。その代わりと言ってはなんですが、今日この後5時間目に工藤の母親が加納先生のカウンセリング、予約入れてくれています。加納先生、こちらもお願いしますね」
出勤時に確認したスケジュールには確かに「工藤・母」と書いてあった。

私、病院に伝手なんかない。どうしよう......。

―コンコン

来客を知らせるノックの音が聞こえた。
「工藤くんのお母さんをお連れしました。そしてこちらがカウンセラーの加納先生です。よろしくお願いします」
お母さんの前だからか、いつもよりも丁寧な言葉遣いの安井先生。
そして、先生に連れてこられた女性は挨拶の意味を込めて頭を下げる。
化粧っけなく、すっぴんに近い感じで、服装は、一言で言うと、質素。髪の毛も余り手入れされている様子はなく、表情はややくたびれて見える。
汗ばんだ額をハンカチで拭う姿がどこか痛々しい。
「こんにちは。4階まで上がってくるの大変でしたよね。どうぞお入りください」
部屋の中央にある応接ソファに案内する。
ソファの前まで来たタイミングで「はじめまして。カウンセラーの加納です。よろしくお願いします」と挨拶した。
「工藤カケルの母です。よろしくお願いします」
と返してくれる声にも力の無さを感じる。
「どうぞ、おかけください」
そう言ってソファに座るように促した。
「今日はお忙しい中、よくお越しくださいました。田中先生から、カケル君の受診先を探していると伺いましたが?」
と、こちらから話題を振るも、
「あの......このままだとカケルは退学になってしまうんでしょうか」
母親は私の問いかけには答えずに、すがるような目で私を見た。
「すみません。私はそういうお話は聞いていません。誰に言われたんですか?」
「前回、佐々木先生から、このままこの学校でやっていくのは難しいみたいな感じに言われて……。確かに友達に暴力ふるっちゃったのは、そう言われても仕方ないのかなって」
「そんな......」
「もうこれ以上人様に迷惑かけるなら...」
そう言うと既に母親は涙ぐんでいる。
「そんなことありません。今回は相手の子がカケル君を煽ったみたいですし、カケル君、不器用な子ですから、煽られたらどうしていいか分からなくなっちゃったんじゃないですか」
私の擁護に対して、母親は私の予想とは全く違う反応をした。
「あれ......主人が悪いんです」

え?どういうこと?

私が分からないという顔をしているのを見て、母親は続けた。
「カケル、いじめられやすいんです。昔からずっと。それで、そのたびに主人は『やられてもやり返さないから、舐められるんだ』って」
確かに、発達障害の子がクラスでいじめの対象になるのはよくある話だ。

でも、カケルみたいな子にそれを言ったら......、ホントにやり返しちゃうよ…。

「それで、やり返した結果、いつもカケルだけが問題児扱いされて」

中学の時はいじめの加害も被害もあったという田中先生の言葉が思い出される。

「ウチの主人は、それでいつも学校とケンカ腰になるんです。『じゃ、やられっぱなしでいじめられ続けたら、アンタらはカケルを守ってくれるのか?もし、カケルが自殺でもしたら学校は責任取ってくれるのか?』って中学の時も何度も言ってました」
そう言われると父親の言うことも正論に聞こえる。
「お母さんはそれをどんなふうに見ていらしたんですか?」
「なんかもう…中学の時もそんなんで高校に入ってからもこんな事があると、学校にカケルの居場所ないのかな…みたいな。」
そう言ってまた涙ぐむ。
「そうだったんですね。カケルくんにしてみれば、お父さんに言われた通りにしたのになんで謹慎になっちゃうんだって思ったかもしれないですね」
「あの子、そういう人とのやり取り、本当に分からないんです。言われたことをそのまま受け取っちゃうだけじゃなくて、悪い方にばっかり拡大解釈して、自分は存在してはいけないんだみたいなこと言い出したり」
「カケルくんって、中学からの申し送りでは通級を利用してたって聞いたんですが、それってどういう経緯だったんですか?」
「あの子、もともとは3歳児健診でアスペルガー症候群って言われて、療育にかかってたんです。でも、療育は保育園まででしたから、小学校上がってからは何もなくなっちゃって......それで、療育の代わりに週1回の通級を利用してました。」
「あ、療育の時に、もう診断ついてるんですか?」
「えっと、診断ってわからないですが、健診ではそう言われました」
「そのことは本人も知ってるんですか?」
「はい、小学校の時にあんまりトラブルが多くて、先生から頻繁に呼び出されてたんですけど、それに業を煮やした主人が、カケルに向かって『お前はアスペルガーだから、何をやってもできないんだ!』って、言っちゃったんです」

あちゃ〜、お父さん、それはダメでしょう。

私は心の中でツッコミを入れた。


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最新話です。次回の更新をお待ちください。