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『こころ日誌・インスペクシオ』#17 夜の情報交換会②

『こころ日誌・インスペクシオ』#17 夜の情報交換会②

夜の情報交換会②

――ASDとPTSDの掛け合わせ。
母親が退室した後、やすらぎルームで記録を書きながら私は一人つぶやいた。
6時間目が終わるとカケルが来ちゃう。それまでにもう一度......。そう思って私は職員室に戻り教頭先生に生徒指導記録の棚の鍵を借りた。
カケルのこれまでの問題行動は......無意味に叫ぶ、つきまとい、深夜に補導、他校生徒とのトラブル、広瀬とのトラブル、海への失踪、ゴミ箱への器物損壊、そして、広瀬への暴力...。
先ほどの検査結果から、前回見たときよりもこれら一つ一つの案件の解消度が自分の中で高まっているのを感じる。
思考能力は高いのに、周りの状況が判らないから、自分の内面と外界のズレが生じる。それを繕うために、時に思考を停止させてみたり、逃避してみたり。そのどちらもできないような状況では、パニックになって暴れてしまう?
この、女子生徒へのつきまといっていうのはなんなんだろう。
もちろん高校生の男の子だ。女の子に興味はあるだろう。
でも、あのニソっとした笑顔でつきまとわれたら、女の子は怖いかもなぁ。

「加納先生、加納先生!」
不意に私を呼ぶ男性の声に、我に返る。
顔を上げると、そこにいたのは安井先生だった。

「工藤の記録すか?」
「はい、いろいろ気になっちゃって」
「今日、お母さん、来たんすよね。先生のお陰で病院にもかかれたみたいだし、落ち着いてくれっすかね」
「ん~、今日って、先生、夜お時間ありますか?」
「え?夜って、仕事の後すか?」
「あ、いえ、業務です。工藤くんのこと、もう少し聞きたくて」
「あぁ、そんな風に聞くからデートの誘いかと思ったけど、仕事っすか」
この人、冗談でも、こういうこと言うから、無駄に警戒しないといけないんだよなぁ、と思いつつ、
「何を言ってるんですか!」
と、一応困った素振りを見せる。
「それなら、田中先生にも入ってもらいませんか。僕から言っておきますね。先生、最後の面談終わるの、また7時くらいっすか?」
「そうですね。お願いします」


今日最後の面接が終わってから、私は大急ぎで記録を書いた。安井先生に頼んで7時に情報交換会をセッティングしてもらっているので、待たせるわけにはいかない。
すべての記録を書き終え、やすらぎルームの電気を消して施錠する。窓の外はもう漆黒の闇だ。
「もう11月だもんね……」
ため息交じりの独り言が、誰もいない廊下に吸い込まれていく。
階段を下りて2階の廊下を進み、会場となる2年3組の教室を目指す。
校舎のほとんどが眠りにつく中、その教室だけ明かりが煌々と点いていて、暗がりとのコントラストが、そこだけ別世界のような体温を感じさせた。
「お待たせしました。加納入ります」
ガラリと扉を開けて入室すると、中にいた3人が一斉にこちらを向いた。
安井先生と田中先生、そして……佐々木先生???
「あ、佐々木先生も来てくれたんですね」
驚きを隠さずに言うと、安井先生が軽い調子で答える。
「工藤のこと聞くなら、一番いいかなって思って声掛けたんすよ」
まあ、考えてみればそうだ。生活指導案件で散々カケルを指導している佐々木先生こそが、一番カケルの情報を持っているキーマンだ。
しかし……。
「ありがとうございます」
一応お礼を伝えると、
「お疲れ様です」
と、佐々木先生は短く太い声で応じた。

佐々木先生って、やっぱり圧があるんだよなぁ。

金井先生がいないことが、急に心細く感じられた。
私は気を取り直して、パイプ椅子に座る。
「あの、工藤くんについてなんですけど、今日お母さんと面接しました。病院にかかったそうで、診断が出ました。ASDとPTSDの掛け合わせだそうです」
まずは母親面接の中身を共有する。
すると佐々木先生が腕を組んだまま言った。
「まぁ、納得の診断って感じですね」
「はい。それで、検査結果も見せてもらったんですけど、工藤くん、IQはかなり高めなんです。でも、場の空気が読めなかったり、頭の中で情報過多になると整理が追い付かなくてパニックになっちゃう特性があるみたいで」
「なんか、普段の工藤、そのまんますね」と安井先生。
確かに、検査結果を見なくても、現場の先生たちが日々感じているカケル像そのままだろう。新しい解決策を提示できたわけではないことに、少し焦りを感じる。
すると、佐々木先生が聞いてきた。
「それで? 学校で指導する上で、我々が気を付けることとかってあるんですか?」
試されているような視線。私は背筋を伸ばす。
「えっと、彼、今も言ったみたいに情報整理が追い付かないとパニックを起こしてしまうので……指導するときは、彼に十分に時間をあげて、ひとつひとつ思考を整理させてあげるのが良いかと思います。矢継ぎ早に問いただすと、フリーズするか爆発します」
ふと見ると、佐々木先生は手元の手帳に私の言ったことをメモしている。

意外と几帳面なんだ。

少しだけ、彼に対する警戒心が解ける。
「あと、あいつがパニックになってるときに、収める方法ってあるんですか?」

えっ……。即効性のある魔法なんてない。

「それは……一般的には、できるだけ刺激しないように、落ち着くまで待ってあげるのが一番です。クールダウンですね」
伝えながら、具体性のなさにがっかりされそうで不安になる。
しかし佐々木先生は、「そうですか。わかりました」と短く返事をしただけだった。納得してくれたんだろうか。

――――――
最新話です。次回の更新をお待ちください。