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『こころ日誌・インスペクシオ』#12 一日の終わり

『こころ日誌・インスペクシオ』#12 一日の終わり

一日の終わり

一日のケースを全て終了して記録を仕上げ、職員室に戻ったのは夕方18時50分。後10分で勤務時間が終わる時間だ。
今からSC勤務記録簿を仕上げないといけない。今日何人面接して、その主訴、学年、性別を端的に書き込む。教員への連絡事項があればそれも書き込んでファイルに閉じる。書面で伝えきれなくても、急ぐ必要のない報告は次回出勤したときの生徒指導連絡会ですればいい。緊急性がある場合を除き、このファイルを提出すれば、その日の私の業務は終了となる。
仕事用のトートバッグに必要なものを全て入れて、帰り支度を整え、書き終えたファイルをもって職員室前に行き、教頭先生の机上に置く。
これで私のこの学校での一日が終わる。
職員室を出て階段を1階まで降り、職員用玄関までの暗い廊下を歩いているとき、
「加納先生!」
後ろから私を呼び止める声がした。

早く帰りたかったが、できるだけ表情を変えないように意識しつつ振り返ると、そこにいたのは安井先生だった。
「あ、安井先生、お疲れ様です。どうしました?」
「島袋先生から、昼に先生が僕を探してたって聞きました」
「あぁ、その件でしたら、教頭先生に言って解決したから大丈夫です。気にしてくれてありがとうございます」
会話を長引かせたくない私は、再び職員用玄関に向き直ろうとすると、
「ほんのちょっとだけいいすか?」
安井先生が食い下がるように言う。

「えっと、なんでした?」

暗い人気のない廊下......。
若い男性と二人きり。
なんとなく身構えてしまう。

「工藤の病院受診の件なんすけど...」

あ、そうよね。私、何を勘違いしてるんだろう。

「あ、はいはい」
「田中先生も入って勧めてくれて。あそこ、お父さんに話すとまた怒り出しそうなんすけど、お母さんはちゃんと話通じる人なんで。で、田中先生がうまく話してくれたのもあって、病院行くこと了解してくれたんすよね。で、どこかいい病院ってありますか?なんか、発達障害外来って、予約入れても半年待ちとか聞くんすけど」
「あぁ、そうですね。でも、今入れないと半年が更に先になってしまいます。できるだけ早く予約入れてもらった方が良いと思います」
こういうとき、病院に伝手のある心理士なら、早めに受診できるルートを持っているのかもしれないが、私にはそういう伝手はない。
「そうなんすねぇ。先生ならワンチャン、早く診てもらえるとこ、教えてもらえるかって思ったんすけど、そんな話はないっすよね。わかりました」

残念そうな安井先生に、役に立てない申し訳なさを感じながら私は学校を出た。

少しずつ薄暗くなっていく道を歩く。
9月も半ばに差し掛かり、日が落ちた夜道は、少し涼しさを感じられるようになる。駅前では私と同じように一日の仕事を終えた人たちがそれぞれの家路を急いでいる。

「弱者を守らない社会でいいんですか!?」

不意にマイクを通した大きな声が私の耳に飛び込んできた。
「現在の司法では加害者の人権ばかりが尊重され、被害者は泣き寝入りをするしかありません!」
そう言えばなんかの選挙があるってニュースでやってたな。どこかの政党政治家が意気揚々と演説している。
「皆さん、今一度!今一度、県政に、どうかこの古橋やすひろを送り込んでください!皆さんの一票が、皆さんの生活を変えます!」
政治家ってみんな同じようなこと言うけど、それで生活が変わった試しってないよなぁ。
そんな考えも一瞬よぎったが、すぐに私の思考の外に押し出されていった。

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最新話です。次回の更新をお待ちください。