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『こころ日誌・インスペクシオ』#33 正しさ

『こころ日誌・インスペクシオ』#33 正しさ

正しさ

その日の面接が全て終了し、記録を書いて職員室に戻ると6時45分。ここから勤務記録簿に取り掛かろうと思って机を見ると、机上に以前にも見たような回覧が置いてあった。

また私が最後みたい。

ページをめくると、広瀬くんへの指導についての経過が文章で書いてあって、最後のページはまた反省文。

『反省文
僕は級友の工藤くんの様子をスマホで隠し撮りしてLINEを使って友達にその動画を送ったことについて、今反省文を書いています。
最初は工藤くんが古橋さんを威圧しているのを見たので、古橋さんを助けるために証拠を残しておいた方が良いと思って動画を撮りました。でも、それを工藤くん本人の同意なしに、友達に送ったのはいけなかったと思います。
でも、動画を撮っていなかったら古橋さんはもっと工藤くんにいじめられていたのではないかと思います。
今後はそういう場面を見たら、自分で解決しようとせず、ちゃんと先生に言うことにします。
2年3組 広瀬大樹』

脳裏に昼間の広瀬の顔がよぎる。
この反省文で謹慎が解け、彼はまた来週から普通に学校生活に戻っていくんだ。

「本当......やりきれないわね」

橋本先生じゃないけど......、なんで、こんなやりきれないことばかりなんだろう。

そんなことを思いながら私はチェックボックスにレ点を入れ、佐々木先生の机に持って行った。

「先生、......これ、」

「あ、はい」

私に差し出されたクリップボードを受け取ると、佐々木先生はすぐに私から目をそらした。
周りの先生たちが忙しくしている中で、ここだけ切り取られたような、二人の間だけ時が止まったかのような沈黙。

「あの、」
私がその沈黙を破る。

「先生は......、今回の工藤くんの退学、この広瀬くんの反省文、どう思ってるんですか?」

佐々木先生は机の上に視線を固定したまま、言葉を選ぶように間を取る。
「どうも、思ってないよ」
「えっ?」
古橋さんの前で啖呵を切った佐々木先生はどこに行ったの?
そう思ったのも束の間、佐々木先生は言葉をつづけた。
「我々の仕事は、子どもが社会に出てうまくやって行けるように教えることです。心の中でどう思っていようが、体裁は整える。工藤の反省文も広瀬の反省文も、中身が伴ってないのは百も承知です。でも、そう振る舞うのが社会の正解なら、そう振る舞えるように教える。それだけのことです。それをどうにか思っちまったら......この仕事は続けられない」

佐々木先生......。

「俺は、あれからずっとあの日のことを考えてるんですよ。そして考えれば考えるほど...古橋の親父の言うことは正しい。アイツがこのままここにいたら、広瀬や古橋みたいな正義のヒーロー気取りや自称被害者を刺激して...そのたびにアイツが傷ついていく」

「自称......被害者?」

「先生ほどちゃんと専門的に勉強したわけじゃないですけどね、教師を20年もしてると、そいつがどんな生徒かって大体分かるんです。そんな俺に言わせれば...古橋が学校に来れなくなったのは、工藤のせいじゃない」

佐々木先生が言葉をとめて、間を取った。私は佐々木先生を見つめている。

「古橋はもともといっぱいいっぱいだったんですよ。古橋の方こそ溺れかかってたんです。親父を見てよっく分かりました。こんな親父と暮らしてたら、息苦しくて仕方ない。そりゃ、窒息するよな、って。んなこと、あの親父の前じゃ口が裂けても言えませんがね」

それは...そうだ。

「工藤は入学してからずっと、いや、それだけじゃない、小中もずっと、こんなクソみたいな場所に押し込められて、そういう傷を重ねてきた。アイツ、ASDとPTSDって言ってましたよね。そりゃ、そうですよ。アイツがこんなところにいたら、傷つくばっかりだ。これ以上アイツの心を傷つけることは...これ以上アイツを追い詰めることは......、俺にはできない」
そう言って拳を堅く握る。
「そう......ですよね」
佐々木先生の言葉に......私はそう言うしかできなかった。


窓の外を漆黒の闇が流れていく。
私は地下鉄に揺られながら、佐々木先生の言葉を復唱していた。
「アイツがこんなところにいたら、傷つくばっかりだ」


「トラウマを扱わないで、なにができるんですか!」
なんか、私がSCを始めて、初めて、研修会に出たとき、グループディスカッションで一緒になった人が吠えてたことを、ふと思い出した。
基本的にSCは学校でトラウマを扱っちゃいけないって言われてる。トラウマは下手に触ると余計に悪化するから。
だから、あの時その人は周りからすごく批判されてた。
「トラウマを扱わないとか言いながら、無意識にトラウマに触れて除反応を引き起こしているSCは山ほどいる!そっちの方が無責任じゃないですか!」
それでも食ってかかるあの人、右も左も分からなかった私は、どこの業界にも変な人はいるなって思って見てた。
結局、それで、SC辞めて、今は自分で開業してるって聞いたし。

トラウマか......。

カケルは、物凄い傷をいっぱい抱えて......、除反応としてのパニックで今、学校を去ろうとしている。
とてもSCなんかで扱えるようなケースじゃなかったのかも。
なんか......悔しいなぁ。

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