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『こころ日誌・インスペクシオ』#34 みっつのC

『こころ日誌・インスペクシオ』#34 みっつのC

みっつのC

帰宅した私は、乱暴にコートを床に脱ぎ捨てると、電気もつけずにそのままベッドに倒れこんだ。
暖房のついてない部屋は、外と変わらないくらい冷え切ってるけど、もう立ち上がってエアコンのリモコンを探す気力もない。
視界の先に白いダウンコートが浮かび上がった。
闇の中なのに......、見えてしまう。右側にある、うっすらとした赤い筋。

何が勲章よ。
クリーニングでも落ちなかった痕跡......、まるで私に焼き付いた烙印みたい。

私はそれから目をそむけるように瞼を閉じた。

このまま眠れるかな......。

ダメ、目を閉じると、今までのいろんな光景が浮かんでくる。
完璧な反省文と吉田先生の遠い目。
眠気と戦う私の前で生き生きと話すカケルの顔。
カケルのお母さんのすがるような目。
金井先生のくれたクッキー。
おちゃらけて見えるけど、なんかムードメーカーな安井先生。
田中先生が見せた悔し涙。
震えでお茶をこぼしちゃうくらい追い詰められてたのに一歩も引かなかった橋本先生。
佐々木先生の震える拳。

それに、古橋さんの言葉。
広瀬親子の悪意。

……何も、できなかった。
守りたかった。排除なんてさせたくなかった。
私は専門家としてもっと戦えなかったのかなぁ。
佐々木先生はあんなに体を張ってくれたのに、私はただ、お茶を飲んで震えを止めることしかできなかった。

誰かの声が聞きたかった。私を肯定してくれる誰かの声が。
震える手でスマホを取り出し、LINEの通話ボタンをタップする。
コール音は長く感じられたが、やがて通話が繋がった。
「あ、ひかり?今、大丈夫?」
「どうしたの?」
ひかりの声だ。その日常的なトーンを聞いただけで、喉の奥が熱くなる。
「この前は、ごめんね」
「あぁ、いいよいいよ。また今度行こ。そんなこと言いにわざわざ通話でかけてきたの?」
「……ひかり……ちょっと......もうダメかも」
ひかりの声を聞いたら自然と涙が溢れてきた。
「え、ちょっと、どうしたの? 泣いてるの?」
「私……学校でやってける自信......ない」
「……例の子のこと?」
「うん。あの日、ひかりとの約束キャンセルしてまで学校に行ったのに……結局、退学になっちゃった」
私は、子供のようにしゃくりあげながら、今日起きたこと、自分の無力さ、学校という巨大なシステムがカケルを弾き出した経緯を、途切れ途切れに話した。もう守秘義務とか考えてられなかった。
ひかりはそんな私を遮ることなく、静かに聞いてくれた。
「あんなに頑張ったのに……結局、私、あの子の人生になんにも残せなかった」
一通り話し終え、鼻をすすりながらそう締めくくると、電話の向こうでひかりが深く息を吐く音が聞こえた。
「さゆり。アンタさ、どうしてこんなにうぬぼれ屋さんに育っちゃったかねぇ」
予想外の言葉。
「……え?」
「......言わせてもらうけどさ、たかが週一回通うだけの非常勤職員が、学校っていう巨大な組織の流れを一人で変えられると思った? アンタ一人の力で、その子の人生も、学校のシステムも救えるって?」
「そんなつもりじゃ……私はただ、あの子を助けたくて」
「それをうぬぼれだって言ってるの。私たちは魔法使いじゃない。システムの一部なの。学校が『排除する』って決めたら、SCにはどうすることもできない。それが組織で働くってことでしょう?」
ひかりの言葉は正論すぎて、今の私にはナイフのように刺さる。
「アンタに超基本的な質問するよ。スクールカウンセラーの職務の三つのCって何か言ってみて」
「えっと......カウンセリング、コンサルテーション、コーディネーション」
「その内アンタがしたのはどれ?」
「カウンセリングと......コンサルテーション」
「それで、アンタがしてないのは?」
「......コーディネーション」
「そう。アンタの仕事はまだ終わってない。今からやれること......あるでしょ?」
なんか......やっぱり涙が出てくる。
「うん。ひかり......ありがとう」

――プツリ

通話の終了ボタンを押すと、私は袖で涙をぬぐった。
そして起き上がって部屋の明かりをつけるとパソコンを立ち上げる。

「あの人を......探そう」

私は思いつく検索ワードをパソコンに打ち込んだ。

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