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『こころ日誌・インスペクシオ』#16 検査結果

『こころ日誌・インスペクシオ』#16 検査結果

#16 検査結果

そんな関係を続けていく内に、9月が終わり、10月も過ぎ、11月に入った。あれほど暑かった気温も急激に和らぎ、寒くなる前の短い秋の心地よさを感じられる、そんな季節を迎えていた。
私がいつものように出勤して、SC予定表を開くと、5時間目に久しぶりに「工藤・母」という文字を見つけた。

「お久しぶりです。およそ2ヶ月ぶりですね。カケルくん、家での様子とか、どうですか?」
私から挨拶をすると、以前と同じようにあまり力が感じられない口調で、
「はい、なんとか過ごしています」
と返してくれる。
「今日お申込みいただいたのは?」
と用件を伺う。
「あの、前、先生に教えてもらった通り、小児科の先生が紹介状書いてくれて、『親と子のメンタルクリニック』っていう発達を診てくれる心療内科に行ってきました」
「あぁ、親子メンタル行かれたんですね。早くかかれて良かったですね」
私は直接病院とやり取りしたことはないが、名前はよく聞くクリニックだ。
「はい。そこで検査してもらって。結果から言うとASDとPTSDの掛け合わせって言われました」
「掛け合わせ......ですか。お母さん、そう言われてどうですか。ASDは自閉症スペクトラム障害ですけど、後、PTSDってどんなものかとか説明されました?」
「説明って言うか、まぁ、私もカケルをここまで育ててきてるので、大体解ってるつもりです。言われて、やっぱりそうかって感じです」
「検査結果ってもらいましたか?」
「はい。こちらです」
そう言ってカバンからファイルを取り出して私に渡してくれた。
「検査報告書」
そう書かれたA4の紙数枚からなる報告書。
中を見ると、木の絵と、数字が羅列された表が入っている。
「バウムとWAIS-IVのバッテリーですね」
私は知っている検査だったことに少しホッとして言った。
「えっと、それってどんな検査なんですか?」
「あ、はい。バッテリーっていうのは検査の組み合わせのことです。この『一本の木を描いてください』って言って絵を描いてもらうのがバウムテスト、こっちの数字がいっぱいあるのがWAISという知能検査です。この二つの検査を組み合わせたってことですが、カケル君の訴えだと、よくある組み合わせだと思います」
そう言って、私は報告書に目を凝らす。

まずはバウムテスト。
画用紙の中央にゴツゴツとして節くれだって描かれた幹。根っこが宙に浮いているように地面は描かれていない。そして方々に枝が伸びている。しかしその枝先は鋭利に尖り、葉は一枚もない。そして幹の中央には、黒く塗りつぶされた「洞(うろ)」がある。

続いてWAISの結果を見る。
言語理解(VCI)や作動記憶(WMI)が高く、知覚推理(PRI)と処理速度(PSI)が低い。
トータルIQは128。

「128......高い」
思わず声が出た。平均が100だから、かなり優秀だ。
でも、一番高い数値と低い数値の差......ディスクレパンシーが30もある。

15以上あると生きづらさを感じるって研修の時に聞いたのを思い出す。それが30もあるって...、世の中が歪んで見えるほどの生きづらさなのかも。

「これは......しんどそうですね」
私が言うと、
「あの、病院でも説明されたんですけど、あんまり分からなくて。カケルは、大丈夫なんでしょうか?」
と母親が救いを求めるような目をこちらに向けている。
「あの、検査自体は病院で受けたものですので、私があんまり言うことってできないんですけど、この結果を見た私なりの印象っていうことで、少し説明しますね」
私は母親の顔を見て、何とかこの数値を分かりやすく伝えなくてはと思い、報告書を二人の間にあるテーブルの上に置いた。
「まず、カケル君って、言葉を操ったり、何かを記憶する能力はすごく高いんですけど、目で見て状況を把握する力や、実際に作業するスピードがガクンと低いんです」
ひとつひとつ数値を指さしながら、伝えていく。
「頭の中では色んな思考しています。でも、状況把握が弱いから、それをいつどこでどう出力しいいのか分からないとか、スピードが遅いために、周囲とテンポが合わなかったりがあるんだと思います」
「そしてこの絵です」と言ってバウムを見せた。
見ているだけで、なんだか胸が痛くなる絵だ。
「私の解釈ですが......とっても切ないです。地面がなくて根っこが浮いているってことは、社会の中での自分の立ち位置が分からないんだと思います。だからこそこうやっていっぱい枝を伸ばして、人のつながりを求めているんですが、葉っぱも実もないってことは、うまくつながれないとか、成果を得られない。そのためとても攻撃的になったり防衛的になったりする様子がこの尖った枝先から感じられます。そして、この洞です。彼が大きな傷や空虚感を抱えていることを教えてくれているようです。もしかしてお医者さんがPTSDって診断した決め手になったものかもしれません」
「えっと......つまり......」
「カケルくんが、いろんな問題行動起こしちゃうのって、彼の性格とかの問題じゃなくて、彼が自分のいる世界がどんなところで、何が適切な行動かって、分からないのかもしれないです」
「そうなんですか...」
そう言って肩を落とす母親。
その様子を見て、思ったことをそのまま羅列して伝えてしまった自分を瞬時に後悔して取り繕う。
「あ、いえ、あくまで検査上の傾向ですが......理屈としてはそう考えられます」
なんのフォローにもなっていないことに内心動揺する自分を感じる。
と、母親は言った。
「えっと、ASDの方は分かるんですけど、PTSDのトラウマってなんなんでしょうか。思い当たるものがあり過ぎて、どうしたらいいんでしょう」
「思い当たるものがあり過ぎる......、ですか」
目の前のバウムにある黒い洞を見ながら考える。
これは、一つや二つの傷じゃないのかもしれない。
「病院ではなんて言われましたか?」
「特に詳しい説明はありませんでした。とりあえずお薬出されたんですけど、何の薬なのかよく分からなくて」
「お薬ですか。どんなお薬でしょう?」
「名前は忘れちゃったんですけど、なんか気持ちを落ち着けるとか......」
「そうですか。私はお医者さんじゃないのでお薬のことは詳しく言えませんが、カケルくんのパニックやイライラを抑えるためのお薬かもしれませんね」
当たり障りのないことしか言えない自分がもどかしい。
と、母親が不意に聞いてきた。
「カケル、このまま病院に通えば、普通にこの学校で生活していけるようになりますか?」
すがるような目。
「普通」という言葉が、重く響く。
病院に行って治療を受ければ「普通」になれる。
そんな母親の望みに、私は返す言葉を慎重に探した。
「えっと...絶対に大丈夫っていうことは、私からは言えないんですが、カケルくんが学校で平和に過ごせるための助けになれたらって思っています」
「本当によろしくお願いします。もし退学なんてことになったら、本当、どうしていいのか」
「お母さんの不安なお気持ち、とってもよく伝わってきます」
共感の言葉を伝えるも、母親は力なく頷くだけだった。


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最新話です。次回の更新をお待ちください。