『こころ日誌・インスペクシオ』#26 古橋泰弘
古橋泰弘
4時より少し前に橋本先生、佐々木先生、そして私は正面玄関の下駄箱の前で正門を見つめて立っていた。
これからくる客を迎えるため、玄関には石油ファンヒーターを置いて温めているが、あまり暖房効果が上がっているとは言い難い。
職員室に置いてきたコートが恋しくなるが、今はそれを言っても仕方がない。
寒さに震えながら待っていると、ほんの少し暗くなり始めているからか、常時点灯なのかは分からない、ヘッドライトを点けた高級そうな黒いセダンが入ってきた。
「来ましたね」
と佐々木先生。
玄関前の来客用駐車場にスムーズに滑り込むと、ヘッドライトが消灯し、間を置かずに車のドアが開いた。その流れのすべてに無駄がない。
3人で身構えていると、コートに身を包んでセダンから降りてきた男性がまっすぐこちらに向かって歩いてきた。
正面玄関で出迎えている橋本先生が早速挨拶をする。
「古橋先生。今日はお忙しい中よくお越しくださいました。ご案内いたします。よろしければこちらのスリッパにお履き替えください」
そう言って来客用のスリッパに誘導する。
「わざわざ出迎えていただいてありがとうございます」
そう言った古橋さんの顔は思っていたよりもずっと爽やかで、口調も穏やかだ。とてもモンスターペアレントという雰囲気でもなければ、高圧的な権力者という感じでもない。
そのまま連れ立って2階に上がり、廊下側の扉から校長室に入る。
応接用のソファーまで案内し、橋本先生と古橋さんが対面したところで立ち止まった。
「よろしければ、コートお預かりしましょうか?」
「いえ、結構です」
そう言うと古橋さんは自ら高そうなコートを脱ぎ、簡単に畳んでソファーの上に置いた。
「改めまして、本日のご来校誠にありがとうございます。私が校長の橋本でございます」
そう言うと名刺を差し出す。
同じように名刺を取り出し、
「古橋菜摘の父です。よろしくお願いします」
と応える。
あ、肩書は言わないんだ。
田中先生が言っていた通り、本当に生徒のお父さんとしてここに来てるってこと?
「どうぞお座りください」と着席を促すが、私たちも座っていいものだろうか?
私が分からないから佐々木先生に倣おうと思って見ていると、古橋さんの方から
「こちらの先生方は?」
と私たちの方を見て聞いてきた。
「本校の生活指導部長の佐々木と、スクールカウンセラーの加納です。古橋先生に菜摘さんの学校生活の様子をお伝えするのに同席をお許しいただけますでしょうか」
「そういうことですね。もちろん構いません。よろしくお願いします」
そう言って笑顔を見せる古橋さん。
なんだか思ってたのと全然違う?
とにもかくにも同席が許されたので、私たちも席についてよさそうだ。
3人で並んで対面すると威圧的に受け取られてしまうという配慮から、校長と古橋さんは向かい合って座るが、私と佐々木先生はその横に用意されたオフィスチェアに腰を下ろした。
そのタイミングでドアがノックされる。
「失礼します」
田中先生が人数分のお茶をお盆に乗せて入室してきた。
一人ひとりの前にお茶を置くと、
「いつもお世話になっております。一昨日のお電話の際に対応させていただきました2年生、学年主任の田中です。私は職員室に控えておりますので、御用の際にはいつでもお声掛けください」
そう言葉を残して扉の外に消えていった。
――パタン
校長室の扉が閉まったのを確認した橋本先生が古橋さんに向き直った。
「本題ですが、菜摘さんが登校できなくなっているということ、私も校長として大変胸を痛めております」
いつも穏やかな橋本先生ならではの語り口で切り出した。
「ご心配いただいてありがとうございます。私も一人の親として、娘の心身の状態を大変案じております。......実は、ご存じかもしれませんが、菜摘は中学の時も一時期学校に行けなかった時期があります。その際も家内と私で大分悩みましたが、なんとか学校復帰を果たしました。私もずっと仕事一辺倒できましたので、娘に向き合えていなかったことを悔やみ、それからはできるだけ娘の話を聞いてやるように心掛けてきました。高校に入ってからは友達もできて、楽しく通えるようになったと聞いて、心底胸を撫でおろしてたんです。これで、ようやく私たち家族も前を向いていける、と」
そうだったんだ......。
「しかし、今回の件です。妻からの報告によれば、なんでも男子生徒の威圧的な行動により過呼吸になったと。しかもその生徒は、菜摘が以前から怖いと学校に相談していた生徒だと聞いております。それを聞いて、私は胸がつぶれるような気持ちになりましたし、同時に強い疑念を抱かざるを得ませんでした」
......きた。
ーーーーーーー
これからくる客を迎えるため、玄関には石油ファンヒーターを置いて温めているが、あまり暖房効果が上がっているとは言い難い。
職員室に置いてきたコートが恋しくなるが、今はそれを言っても仕方がない。
寒さに震えながら待っていると、ほんの少し暗くなり始めているからか、常時点灯なのかは分からない、ヘッドライトを点けた高級そうな黒いセダンが入ってきた。
「来ましたね」
と佐々木先生。
玄関前の来客用駐車場にスムーズに滑り込むと、ヘッドライトが消灯し、間を置かずに車のドアが開いた。その流れのすべてに無駄がない。
3人で身構えていると、コートに身を包んでセダンから降りてきた男性がまっすぐこちらに向かって歩いてきた。
正面玄関で出迎えている橋本先生が早速挨拶をする。
「古橋先生。今日はお忙しい中よくお越しくださいました。ご案内いたします。よろしければこちらのスリッパにお履き替えください」
そう言って来客用のスリッパに誘導する。
「わざわざ出迎えていただいてありがとうございます」
そう言った古橋さんの顔は思っていたよりもずっと爽やかで、口調も穏やかだ。とてもモンスターペアレントという雰囲気でもなければ、高圧的な権力者という感じでもない。
そのまま連れ立って2階に上がり、廊下側の扉から校長室に入る。
応接用のソファーまで案内し、橋本先生と古橋さんが対面したところで立ち止まった。
「よろしければ、コートお預かりしましょうか?」
「いえ、結構です」
そう言うと古橋さんは自ら高そうなコートを脱ぎ、簡単に畳んでソファーの上に置いた。
「改めまして、本日のご来校誠にありがとうございます。私が校長の橋本でございます」
そう言うと名刺を差し出す。
同じように名刺を取り出し、
「古橋菜摘の父です。よろしくお願いします」
と応える。
あ、肩書は言わないんだ。
田中先生が言っていた通り、本当に生徒のお父さんとしてここに来てるってこと?
「どうぞお座りください」と着席を促すが、私たちも座っていいものだろうか?
私が分からないから佐々木先生に倣おうと思って見ていると、古橋さんの方から
「こちらの先生方は?」
と私たちの方を見て聞いてきた。
「本校の生活指導部長の佐々木と、スクールカウンセラーの加納です。古橋先生に菜摘さんの学校生活の様子をお伝えするのに同席をお許しいただけますでしょうか」
「そういうことですね。もちろん構いません。よろしくお願いします」
そう言って笑顔を見せる古橋さん。
なんだか思ってたのと全然違う?
とにもかくにも同席が許されたので、私たちも席についてよさそうだ。
3人で並んで対面すると威圧的に受け取られてしまうという配慮から、校長と古橋さんは向かい合って座るが、私と佐々木先生はその横に用意されたオフィスチェアに腰を下ろした。
そのタイミングでドアがノックされる。
「失礼します」
田中先生が人数分のお茶をお盆に乗せて入室してきた。
一人ひとりの前にお茶を置くと、
「いつもお世話になっております。一昨日のお電話の際に対応させていただきました2年生、学年主任の田中です。私は職員室に控えておりますので、御用の際にはいつでもお声掛けください」
そう言葉を残して扉の外に消えていった。
――パタン
校長室の扉が閉まったのを確認した橋本先生が古橋さんに向き直った。
「本題ですが、菜摘さんが登校できなくなっているということ、私も校長として大変胸を痛めております」
いつも穏やかな橋本先生ならではの語り口で切り出した。
「ご心配いただいてありがとうございます。私も一人の親として、娘の心身の状態を大変案じております。......実は、ご存じかもしれませんが、菜摘は中学の時も一時期学校に行けなかった時期があります。その際も家内と私で大分悩みましたが、なんとか学校復帰を果たしました。私もずっと仕事一辺倒できましたので、娘に向き合えていなかったことを悔やみ、それからはできるだけ娘の話を聞いてやるように心掛けてきました。高校に入ってからは友達もできて、楽しく通えるようになったと聞いて、心底胸を撫でおろしてたんです。これで、ようやく私たち家族も前を向いていける、と」
そうだったんだ......。
「しかし、今回の件です。妻からの報告によれば、なんでも男子生徒の威圧的な行動により過呼吸になったと。しかもその生徒は、菜摘が以前から怖いと学校に相談していた生徒だと聞いております。それを聞いて、私は胸がつぶれるような気持ちになりましたし、同時に強い疑念を抱かざるを得ませんでした」
......きた。
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