『こころ日誌・インスペクシオ』#24 寒波
寒波
午前中、柄にもなく部屋の大掃除をし、洗い物や洗濯物も全部片づけた。
その横で点けっぱなしのテレビでは天気予報を流している。
「強い冬型の気圧配置の影響で、日本列島は今シーズン最強の寒気に包まれています。夜にかけては太平洋側でも雪に変わる所があり、関東や東海の平野部でも初雪となる可能性があります。外出の際は、万全の寒さ対策をしてお出かけください」
寒さ対策か...。
本当ならこのコートを着て、今頃ひかりとドライブしてたはずなのに...。
目立つわけじゃないけど、そういう目で見れば分かる薄赤い筋。
もうこのコートは仕事着専用にしよう。何年後かにこの筋は私の勲章になってるはずだ。
なんの根拠もなく自分に言い聞かせてから、簡単に作ったお昼ご飯を済ませた。
今日は4時に古橋って子のお父さんが来るって聞いてる。打ち合わせもあるだろうし、余裕を持って3時前には行くようにしよう。家からは40分くらいかかるし、2時ころには出ようかな。
鏡の前に座った私は、ファンデを塗った後に、アイブロウペンシルを手に取った。自分の顔を確認しながら、いつもより少しだけ眉山を高く、眉尻を鋭く描き足していく。これだけで、幼く見られがちな自分の顔も、プロっぽく見える気がする。
アイラインは、まつ毛の隙間を埋めるように濃く、目尻を数ミリだけ外側に跳ね上げるように引いた。前に「この子」呼ばわりされたときの、あの値踏みするような、いやらしい視線が脳裏をよぎり、自然と手に力がこもる。
アイシャドウは肌馴染みのいいベージュから、引き締め色のダークブラウンへとグラデーションを丁寧に重ねる。こうすれば、伏せ目になった時でも凛として見えるかな。仕上げに、唇の輪郭をきっちりと縁取るように、落ち着いた色味の口紅を引いた。
あまり華美にならないようにと自分に言い聞かせつつも、今日のセッティングは以前の広瀬父の時と同じ。そうなると自然と警戒して、鏡を見る目も、筆を動かす手も、つい過剰に作り込んでしまう。
メイクが終わると、次に服装のコーディネートだ。クローゼットを開け、そんなに多くはないバリエーションから今日の服を吟味する。
普段なら、生徒の緊張を解くために、親しみやすいパステルカラーのブラウスや柔らかなロングスカートを選ぶことが多いけど、今日はそれよりも気合いが必要だ。かと言って、リクルートスーツのような堅苦しさは、カウンセラーとしての柔軟さを欠いているように見えて、相手に付け入る隙を与えるかもしれない。
迷った末に手に取ったのは、センタープレスの入ったネイビーのテーパードパンツだ。折り目のラインが真っ直ぐ入ったパンツは、それだけで出来そうな人に見える気がする。トップスは、落ち着いたトープのハイネックブラウスを選んだ。
「こんな綺麗な姉ちゃんと...」
広瀬父の無礼な放言を思い返す。
首元までボタンがあるデザインは、清楚でありながらしっかりとした防衛のニュアンスも意図したつもりだ。
その上に、ジャケット代わりとして、しっかりと厚みのあるミッドナイトブルーのコーディガンを羽織った。テーラードジャケットほど威圧的ではないが、程よい重厚感が落ち着いた印象を与えてくれるはずだ。冷え込みを考えて、パンツの下には厚手のタイツを仕込むのも忘れない。
「よし!加納さゆり。準備完了!」
私は玄関前の姿見で最終チェックを終えると、赤い筋の残るダウンコートを羽織った。そして防寒用のサイドゴアブーツに足を差し込むと、床を踏みしめてブーツが足に馴染むのを確認する。
――ギーッ
少しだけ重い部屋の扉を開けると、急に吹き込んでくる寒さに意識しなくても体に力が入る。
風が冷たい!
しかも少し雪がチラついてる?
雪は夜からじゃなかったの??
私は白のダウンコートのファスナーを上まで上げ、マフラーで分厚く顔周りを覆って部屋の外に足を踏み出した。
ーーーーーーー
その横で点けっぱなしのテレビでは天気予報を流している。
「強い冬型の気圧配置の影響で、日本列島は今シーズン最強の寒気に包まれています。夜にかけては太平洋側でも雪に変わる所があり、関東や東海の平野部でも初雪となる可能性があります。外出の際は、万全の寒さ対策をしてお出かけください」
寒さ対策か...。
本当ならこのコートを着て、今頃ひかりとドライブしてたはずなのに...。
目立つわけじゃないけど、そういう目で見れば分かる薄赤い筋。
もうこのコートは仕事着専用にしよう。何年後かにこの筋は私の勲章になってるはずだ。
なんの根拠もなく自分に言い聞かせてから、簡単に作ったお昼ご飯を済ませた。
今日は4時に古橋って子のお父さんが来るって聞いてる。打ち合わせもあるだろうし、余裕を持って3時前には行くようにしよう。家からは40分くらいかかるし、2時ころには出ようかな。
鏡の前に座った私は、ファンデを塗った後に、アイブロウペンシルを手に取った。自分の顔を確認しながら、いつもより少しだけ眉山を高く、眉尻を鋭く描き足していく。これだけで、幼く見られがちな自分の顔も、プロっぽく見える気がする。
アイラインは、まつ毛の隙間を埋めるように濃く、目尻を数ミリだけ外側に跳ね上げるように引いた。前に「この子」呼ばわりされたときの、あの値踏みするような、いやらしい視線が脳裏をよぎり、自然と手に力がこもる。
アイシャドウは肌馴染みのいいベージュから、引き締め色のダークブラウンへとグラデーションを丁寧に重ねる。こうすれば、伏せ目になった時でも凛として見えるかな。仕上げに、唇の輪郭をきっちりと縁取るように、落ち着いた色味の口紅を引いた。
あまり華美にならないようにと自分に言い聞かせつつも、今日のセッティングは以前の広瀬父の時と同じ。そうなると自然と警戒して、鏡を見る目も、筆を動かす手も、つい過剰に作り込んでしまう。
メイクが終わると、次に服装のコーディネートだ。クローゼットを開け、そんなに多くはないバリエーションから今日の服を吟味する。
普段なら、生徒の緊張を解くために、親しみやすいパステルカラーのブラウスや柔らかなロングスカートを選ぶことが多いけど、今日はそれよりも気合いが必要だ。かと言って、リクルートスーツのような堅苦しさは、カウンセラーとしての柔軟さを欠いているように見えて、相手に付け入る隙を与えるかもしれない。
迷った末に手に取ったのは、センタープレスの入ったネイビーのテーパードパンツだ。折り目のラインが真っ直ぐ入ったパンツは、それだけで出来そうな人に見える気がする。トップスは、落ち着いたトープのハイネックブラウスを選んだ。
「こんな綺麗な姉ちゃんと...」
広瀬父の無礼な放言を思い返す。
首元までボタンがあるデザインは、清楚でありながらしっかりとした防衛のニュアンスも意図したつもりだ。
その上に、ジャケット代わりとして、しっかりと厚みのあるミッドナイトブルーのコーディガンを羽織った。テーラードジャケットほど威圧的ではないが、程よい重厚感が落ち着いた印象を与えてくれるはずだ。冷え込みを考えて、パンツの下には厚手のタイツを仕込むのも忘れない。
「よし!加納さゆり。準備完了!」
私は玄関前の姿見で最終チェックを終えると、赤い筋の残るダウンコートを羽織った。そして防寒用のサイドゴアブーツに足を差し込むと、床を踏みしめてブーツが足に馴染むのを確認する。
――ギーッ
少しだけ重い部屋の扉を開けると、急に吹き込んでくる寒さに意識しなくても体に力が入る。
風が冷たい!
しかも少し雪がチラついてる?
雪は夜からじゃなかったの??
私は白のダウンコートのファスナーを上まで上げ、マフラーで分厚く顔周りを覆って部屋の外に足を踏み出した。
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