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『こころ日誌・インスペクシオ』#21 事件

『こころ日誌・インスペクシオ』#21 事件

事件

職員室に入り、私はいつものように「こんにちは~」と挨拶をした。

すると、職員の目が一斉にこっちに向いた気がした。

金井先生が足早に私の方に寄ってくる。
「加納先生!」
明らかにいつもと様子が違う。

「工藤くんが...」

「えっ?工藤くん、どうかしました??」

「実は、今も廊下を徘徊しています」
「徘徊?どういうことですか?」
「なんか、叫び声を上げながら、歩き回ってるんです。佐々木先生と安井先生がなんとか落ち着かせようとしてるんですが、抑えようとすると逆効果みたいで、余計に叫び声が大きくなるんです」
「えっと、今どこにいますか?私見に行ってもいいですか?」
「それがいいか、ちょっと分かりません。今は北校舎の渡りのところにいると思います」
「ちょっと行ってきます」
言うが早いか、私は北校舎に向かう渡り廊下に向かった。
職員室を出てまっすぐ進み、突き当りの手前の分岐を曲がるともう渡り廊下だ。
でも...何階?
目の前には階段がある。
上?
下?

「あ~ぁあ!」
迷っていると、階段の上から大きな声が聞こえた。
見上げると、カケルが歩いて階段を降りてくる。その後ろを佐々木先生と安井先生がついてくる。
「工藤くん!」
私が大きな声をかけるが、カケルの視界には私は入っていないらしい。

ていうか、目の焦点合ってる?

カケルはそのままこちらに向かって歩いてくる。
無意識だった。
私の横を通り過ぎようとしたまさにその時、咄嗟に私はカケルの腕を捕まえていた。
そしてもう一度呼ぶ。
「工藤くん!!」
カケルは一瞬、目の焦点がズレた顔をこちらに向けるも、
「放せ!!どうせオレはもうシュピーゲルグルント行きだ!!」
と私を振り払おうとした。
何が正解かなんて分からない。
ただ、私の中で込み上げてきた何かは、この手を放しちゃダメだって言ってる。
「あなたを絶対にそんなところに送ったりしない!あなたは安全なの!ここのいていいの!」
考えたわけじゃない。けど、その何かが、自然と私の口を通して言葉として表出された。

「アァーー!!!」
まるで断末魔かと思うような大きな叫び声。
その刹那、操り人形の線が切れるように、重力に任せて崩れ落ちる。
そして、そのまま私にもたれかかり......、動かなくなった。

「どうしたらいいですか?」
佐々木先生が聞いてきた。
そんなこと聞かれても私にだって、どうしたらいいか分からない。
「工藤くん?」
私の呼びかけにも全く無反応だ。眠ってしまっているのか...。
「生きて......るっすよね?取りま、保健室に運びましょっか。僕、担架持ってきます」と安井先生。

無反応のカケルの横に私と佐々木先生が残された。
「何があったんですか?」
私が聞くも、
「詳細は分かりません。『工藤がキレた!』って生徒達から職員室に一報があって、俺が駆け付けたときには、もうさっきみたいな状態でした。こっちが声かけても『うわぁー!」って大声で叫ぶだけで。そしてしばらくしたらどこを目指すでもなく歩き始めた感じです」

ABCサイクル......何か、何か引き金があったはずだ。

「ただ、俺が駆け付けたとき、工藤が叫んでる近くで......、古橋が泣いていました」

「担架持ってきました!」
何人かの男性職員を引き連れて安井先生が戻ってきた。

そのままカケルを担架に乗せて保健室に運び、ベッドに寝かせた。

金井先生、安井先生、佐々木先生、吉田先生がやり取りしている。
吉田先生が、このまましばらく寝かせて、連絡がつき次第、保護者に迎えに来てもらうように指示を出すも、電話がつながらないとのことだ。

私はカケルが寝ているベッドの横で彼の様子を見ていた。
気付くと両手の指の何本かに血がにじんでいる。そしてその血は、私のおろしたてのダウンコートにも擦れたような筋を残していた。


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