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こころ日誌#19

問題の根っこ

私はカオリと母親を交互に見て言った。
「今日はビデオカメラ越しに教室を眺めるイメージをして、緊張感を下げるワークをしました。こうやってイメージ上でも徐々に教室に近づいて行って緊張を感じなくしていくのが目的です。これの大事なところは、カオリちゃんが怖くなったらいつでも、お母さんのところに帰ってこられるという意識をしっかりと持つところです。少しでも怖いと思ったらすぐに帰ってくる。それを繰り返していくうちに、必ず少しずつ慣れていきます」
二人は真剣に聞いている。
ここで私は一呼吸おいてから、次の質問をした。

「ところで、カオリちゃんは家ではお父さんとお母さんにしっかり甘えることができていますか?」
カオリはキョトンとしている。急な質問で、意味が分からないのかもしれない。もしくは甘えられているのかいないのか、自分では分からないということか。
一方、母親も黙っている。言葉を選んでいるが、上手い言葉が見つからないという表情だ。
「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったんです。そんな簡単じゃないですか」
私が助け舟を出した。
「いえ、前にここで甘えさせ方を教えてもらって、なんか自然に甘えられるようにはなってきてる気がします」と言いながら母親はカオリの方を見る。「結構甘えてくるよね」と同意を求める。
カオリは照れているのか、顔を崩すように笑ったと思うと、母親の陰に顔を隠すような素振りをした。確かに甘えている感じだ。
私はそれを見て「そうそう。そういう感じ。お母さんに隠れると、お母さんがちゃんと守ってくれるよね」と促す。
二人は見つめ合って、互いに照れ笑いを浮かべる。
しかし母親は私の方を向き直って言う。
「私たち二人の時はいいんです。でも、どうしても主人がいると、上手く甘えさせてあげられないと言うか、カオリも主人の前で甘えてくることもないですし」
そう聞いて私はカオリに話を振る。
「お父さんといるときは、甘えないの?」
カオリは困ったように言う。
「え~。普通です」
何か聞かれたときに普通という表現を使う子どもは多いが、子どもがこの表現を使うとき、そこに答えはないということを私は知っている。
そこで私は突っ込んで質問をする。
「カオリちゃん、さっき緊張がゼロになったって言ってくれたよね。今、お父さんと家にいるときの状況を思い浮かべてみて。緊張・・・いくつくらいかな?」
するとカオリは間をおいてから答えた
「・・・8」
「そうなんだね。家にお父さんいると、カオリちゃん、緊張しちゃうんだね」
カオリは答えないが、代わりに母親が口を開いた。
「カオリには気を遣わせていると思います。ときどき『お母さん、大丈夫?』って聞いてくるんです。以前お話したみたいに、私が主人と口をきかないでいると、この子、すごく気を遣ってくれて、『お母さんは悪くないよ』って言ってくれて」
母親は涙ぐんでいる。
「それで、主人に対しても、なんか和ませるようなこと言ってみたり。そういうこの子を見てると、すごい申し訳ないって思うんですけど、どうやって仲直りしていいか分からなくて」
カオリは少しバツが悪そうに座っている。
「カオリちゃん、お父さん、怖い?」
私が聞くと、カオリは困ったように間をおくが、「怒ると怖いけど、普段は怖くないです」と返事をする。
「お父さんとお母さんが喧嘩してるときって、お父さん怒ってるときでしょ?怖いけど、頑張ってカオリちゃん、お父さんの気分を和ませようとするんだね。すごい勇気あるね」と伝えるも、カオリはどう答えていいか分からない様子で返事をしない。
代わりに母親が言う。
「結局、私たちがこんな風だから、カオリが学校行けないんですよね。家が休まらないから」
以前に私が、カオリの不登校の原因を夫婦関係にあると思うと伝えたこと、しっかりと母親は受け止めてくれているようだ。
「でも、今更どうしていいか分からないんです。主人は変わらないですし」
母親の言葉からは諦めの気持ちが滲み出ている。
そんな母親に私は伝えた。
「お母さん、私、お母さんにもカオリちゃんにも幸せになってほしいって本気で思っています。お母さん、今、旦那さんが変わらないって仰いましたね。そんな旦那さんとこれからもずっと今の生活を続けていくこと、お母さん、幸せですか?」
母親もカオリも顔を強張らせる。
「それは・・・離婚しろっていうことですか?」
母親が身構えたように言う。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃないんです。私、そんな無責任なこと、とても言えません。ただ、今の関係を改善することを諦めないでくださいってこと、お伝えしたくて」
そう伝えると、少し力が抜けた様子で答える。
「そうは言っても、どうしたらいいか」
私の口調は説得モードになっている。
「お母さん、私から見てですが、お母さん、ここに来られてから、随分変わられたと思いますよ」
「はい。私もとても心が軽くなりました」
そう聞くと、嬉しく思う。だから聞く。
「旦那さんは、変われませんか」と。
しかしこれに再び母親は身構える。
「それは・・・やっぱり主人もここに来た方が良いってことでしょうか」
私は聞き返す。
「難しそうですか」
「以前も言ってましたが、主人はカウンセリングに頼るのを反対していまして」
「今も反対のままですかね」
「あれからは反対って言ってきてるわけじゃないですが」
「以前の言い方だと、お母さんがカオリちゃんの話を聴かないで、カウンセラーにカオリちゃんを丸投げしているみたいで、それに対して旦那さんが反対しているみたいな感じに聞こえたんですが」
「確かにあのときはそう言っていました」
「今は本当、お母さん、カオリちゃんによく向き合ってくれていると思います。もし、お母さんが、私とのカウンセリングを通して、そういうお気持ちになってくれたのなら、カウンセリングに来ること、旦那さんに言ってみても、解ってもらえないですかね」
「どうでしょうか。でも、どうやって主人に話していいか」
「すみません。私がお父さんを連れてくることを提案しているみたいな流れになっちゃってますが、カオリちゃん、お父さんがここに来ることについてはどう思うかな?」
急に話を振られて少しびっくりしたような様子のカオリだが、「え~、多分来ないと思います」と答えた。
「すみません。今日はお時間が来ています。次回また、お父さんにここにお越しいただく案も含めて、今後のカウンセリングの方向性について、もう一度私とお母さんとカオリちゃんで作戦会議をするというのはいかがでしょうか」
「分かりました」と母親。カオリは無反応で、父親の来談について、本当のところどう思っているのか、読み取れなかった。

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