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こころ日誌#46

とも子の母

場が膠着する前に私から口を開いた。
「それで、お祖母ちゃんが、連絡をくれて、その日は泊めてもらったのかな?」
「そうですね。次の日に僕が迎えに行きました。本当は怒鳴りつけたい気持ちもありましたが、カオリの気持ちもあると思って、その場では抑えました」
「とも子さんのご実家ですが、隆志さんが迎えに行ったんですね」
「私は日曜日も仕事だったから。それで、この人に迎えをお願いしたんです」
とも子が答えた。

まぁ、筋は通っている。
しかし実家への帰省が毎年盆と正月というのでもなく、かと言って、完全に行かないわけでもなく、数年に一回という頻度がとも子とその母親との微妙な距離感を表しているように感じる。
「隆志さん、とも子さんいなくても、お祖母ちゃんに会うのは全然平気なんですか?」
「僕もそんなの初めてでしたよ。今までもそんなに何回も会ったこともなかったですからね。なんならちゃんと話したのは今回が初めてかもしれません」
「あ、お話されたんですね」
「昼前に迎えに行って、そのまま帰るわけにもいかないじゃないですか。お礼して、近所のファミレスに3人で行って食事して帰ってきました」
「お祖母ちゃん、どんな様子でしたか?」
「老人の一人暮らしですから、寂しいんですかね。ずっと話してました」
「どんな話?」
「その面子だと、共通の話題がとも子しかないじゃないですか。義母が、ずっととも子の子どものころを話をしてて、僕とカオリはずっと聞いているばっかりでしたよ。小学校で学級委員してた話とかしてましたね」

以前、とも子が傷つけられた話として語られた学級委員・・・。
とも子は硬い表情で黙っている。

私はカオリに話を振った。
「おばあちゃんに会ったの久しぶりでしょ?どうだった?」
「お祖母ちゃんの家に行ったのは、写真があったのを思い出して、見たくなったんです」
「ん?写真?」
「はい。前に行ったときに飾ってあったなって思って」
「どんな写真なんですか?」
「お父さんとお母さんの結婚式の写真です」
「あ~、前に行ったときに飾ってあったな。リビングの棚のところにあったヤツか」
と隆志。
「それでお祖母ちゃんの家に行ったんだ。それで、お目当ての写真はあった?」
「はい。前と同じところにありました。結婚式って普通ウェディングドレス着るじゃないですか。でも、飾ってある写真、お母さん赤いドレス着てるんです」
「それは、お色直しの後の奴だよ。最初は白いドレスを着てたんだよ」
「でも、お祖母ちゃんになんで、これ飾ってるの?って聞いたら、お祖母ちゃん、こっちが好きだったからって。ウェディングドレスは白すぎるんだって。お祖母ちゃん、変わってますよね」
「ちなみにあのとき、実はもうカオリはお母さんのお腹にいたんだぞ。お腹大きくなる前にって、急いで準備して、式挙げたんだ」
「私は別にそんな立派な式なんて挙げなくてもいいって言ってたんだけど」
「何言ってるんだ。ちゃんと式を挙げて、お世話になった家族や周りの人に結婚の報告をしないと失礼だろう」
隆志ととも子がそれぞれに話す。

それに割って入るようにカオリは話を続けた。
「他にもお祖母ちゃんと色々話したんだよ。お祖母ちゃん、お母さんのこと一人で育てたのに、結婚したら、なしのつぶてだって言ってた。後、お祖父ちゃんがどんな人だったのかも聞いたよ。お祖父ちゃん、暴力ふるう人だったんだって。だから、お祖父ちゃんからお母さんを守るために、お祖母ちゃんお祖父ちゃんと別れて、一人でお母さんを育てたんだって」

「ですます」調で話していたカオリの語り口が、いつの間にか変わっている。
今、カオリが話し掛けている相手は私ではない。

「お祖母ちゃん言ってた。お母さんに辛い思いさせたって。でも、お祖母ちゃんも毎日必死だったんだって」

「やめて!」
急にとも子が言った。
見ると、口元が震えているのが分かる。
「今更そんな話しないで。私が辛かった時、何もしてくれなかったくせに!本当に寂しかった時、全くかまってくれなかったくせに!」

場が凍り付いたような沈黙が訪れた。
相変わらず外からは雨音が聞こえてくる。先ほどよりも更に激しさを増しているように聞こえる。
その音に後押しされてか、とも子の悔しさがダイレクトに私の胸に流れ込んでくるような感覚を覚えた。それは多分そこにいた隆志にも、そしてカオリにも伝わっただろう。

相談室内の電気は十分な明かりを灯しているが、それでも室内が暗く感じる。

「パキッ」
薪ストーブの中で薪が爆ぜる音がした。

私は落ち着いた口調で言う。
「とも子さん、隆志さんとカオリちゃんと三角形になって座りましょう。三角形になったら、三人で手をつないでください」

私の促しにしたがって、3人が三角形の形に座った。
私はその横に立って、まずゆっくりと呼吸から促す。
「皆さん、ゆっくり呼吸していきましょう。深く息を吸って・・・吐いて」10秒呼吸を促しつつ、私もHRV呼吸を意識する。

「ゆっくりした呼吸と共に、心を落ち着かせながら、聞こえてくる音に耳を澄ませましょう」

聴覚で拾える音は、壁越しに外から聞こえてくる雨音、薪の爆ぜる音、後は極小音量で流れるヒーリングミュージックくらいか。

それらをじっくり味わってもらった後に私は続けた。
「今、三人の手と手がつながっています。お互いの呼吸を感じていきましょう。手の暖かさを感じていきましょう。血液の流れをイメージしていきましょう。そうしている内に、つないだ手から愛情、やさしさが互いに流れていくのを感じていきましょう」

しばらくその状態を感じてもらった後、私は落ち着いた声で言った。

「とも子さん。お母さんへの思い・・・話してくれますか」


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