BLOG ブログ

こころ日誌#22

続・カオリの告白

「いつも、ここに来て、お母さんが私の肩に手を置くヤツ、やるじゃないですか」
リゾネイティングのことだ。母親がカオリを受け入れる準備ができてからお互いの気持ちを調律することで、カオリの中に安心感を育てることを狙いとした技法だ。
しかしカオリは言う。
「あれ、怖いんです」

「!?」
私はこの告白に頭を殴られたような衝撃を受けた。良かれと思ってしてきたことをカオリが怖いと感じていた。カウンセリングにおいて一番してはいけないことの一つに、クライアントを怖がらせてしまうことがある。それを私はずっと続けていたと言うのか。そこで私はその思いをそのまま伝えた。
「よく教えてくれました。ありがとうございます。そしてごめんね。カオリちゃんに安心してもらいたくてやっていたことがカオリちゃんを怖がらせていたなんて。思いが至っていなかったこと、謝ります」
しかしカオリは言う。
「いえ、私が悪いんです。どうしてもあれしてるとき、私の全部がお母さんに伝わっちゃう気がして。」
「切ってることも・・・バレちゃうかもって思う?」
「はい」
なるほど、それで怖いということか。
「ね、カオリちゃん。今カオリちゃんはとってもとっても大事な話をしてくれていると思うの。さっきも言ったけど、リスカしちゃうことも含めてカオリちゃんは何にも悪くないの。大切な大切な存在なの。そのカオリちゃん、ありのままのカオリちゃんのこと、ちゃんと受け入れられるお母さんになってもらえるようにここで今まで僕はお母さんにもカウンセリングしてきたのね。お母さん、大分変ったと思わない?」
「優しくなりました」
「そう思えるのはとってもいいことだね。僕から見ても最初の頃より大分お母さん柔らかくなったなって思うよ。そして、僕はカオリちゃんがここに来てくれている意味って、そこに凝縮されていると思っているの。それでも、カオリちゃんがまだお母さんに受け入れてもらえていないって思えちゃうんだね」
「いえ、そんなことないです。でも、切ってることバレたら・・・」
「さっき、お母さんがどんな反応するか分からないって言ってたけど、ちょっと想像してみよう。どんな反応しそうかな?」
カオリは少し間を取って考えているような表情をつくる。
「・・・怒る?」
親が子のリスカを知ったとき多くは悲しむという方が先に来そうだが、カオリは怒られるイメージが先に来たらしい。
その答えを聞いて私は問い返した。
「怒るかもしれないって思うんだね。どうしてお母さんは怒ると思う?」
「親からもらった体を傷つけるから」
しかしまた問い返す。
「他には理由ある?」
「世間体が悪い」
更に聞く。
「他には?」
「・・・分かりません」
「もし仮にお母さんが怒るとしたら、その怒りの裏には必ず恐れがあるはずなのね。お母さんは何を恐れてるんだろう。それを解消することが大切なのかもしれないね」
・・・?
今、自分で言って、私はハッとした。
私の中で何かがつながった。
母親は恐れている。何を?

絵の写真を見せてくれた時の母親の言葉が思い出される。
「そうなんです。怖くて。。。私、この絵を見たとき、すごく動揺しちゃって。なんか胸が苦しくなりました」

今回のカオリのリスカの告白が、どうしても私にあの絵を思い起こさせる。
それは、もしかしたら母親も同様だったのではないだろうか。

そして母親は恐れた。
つながりがあるかは分からない。だが、どうしてもそちらに引きずられてしまい、私は、これまでカオリとの間では意図的に避けてきたその話題について話を振った。
「ね、カオリちゃん、大分前だけど、僕、お母さんにカオリちゃんが描いた絵を見せてもらったことがあるの。ズタボロに刺されながら笑っている女の子の絵。あれ・・・意味があるの?」
もちろん母親が私との二人きりの面談の中で話してくれた内容なので、カオリに話すことに抵抗がなかったわけではない。しかし、それ以上にここでその話をすることに意味があると考えたので敢えて話題に出した。
「え~、あれ、お母さん、見せたんですか」
カオリのこの反応を見ると、半年以上前に書いた絵について覚えてはいるようだ。そして一応驚いて見せているだけなのか、本気で意外なのかは分からない。しかし、母親が勝手に私に絵を見せたことについて、怒ったり動揺したりという感じでもない。
「ごめんね。お母さん、あの絵を見たとき、とっても怖かったみたいなの。それで、カオリちゃんに聞けなかったみたい。話題に出すのが、苦しかったんだと思うの。だから、僕に相談したんだと思うのね。あの絵、カオリちゃん、何を描いてたの?」
カオリは自分の中で答えを探しながら答えているようだ。
「ただ、なんとなくこんな風に描いたら面白いかなって」
多分嘘ではないのだろう。でも、もっと込められたものはあるはずだ。
「あの絵は誰を描いてたの?」
「忘れちゃいました」
はぐらかしている風な返事だ。
「よく思い出して」
カオリはしばらく黙り込んだ。
私は威圧しないよう、極力優しい表情を作って見つめ、付け加えた。
「もう半年以上前のことだと思うんだけど、あの絵を描いた時のこと、良かったら話してくれないかな」
「え~、あんまり覚えてないです」
「大丈夫。カオリちゃんはちゃんと覚えているから。ちょっと深呼吸から入りましょう。ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐いて」
「はい」
そして、意図的に低めの声で・・・ゆっくりとした口調で誘導していく。
「リラックスしながら、思い出していきましょう。僕がカオリちゃんについています。力を抜いて。深呼吸しながらあの日の記憶に少しずつ触れていきましょう。ゆっくりと。あの日のこと・・・どんなところからでもいいので、話してください」

後はただ待つのみだ。時間にして3分以上・・・体感的には5分くらいの沈黙があったかもしれない。カオリはゆっくりと語りだした。

#23へ