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『こころ日誌・インスペクシオ』#11 カケルの語り

『こころ日誌・インスペクシオ』#11 カケルの語り

カケルの語り

――キーンコーンカーンコーン
終業を知らせるチャイムの音。
この後生徒たちはホームルームを済ませた後、解散となる。部活に行く生徒もいれば、そのまま帰宅する生徒、塾に行く生徒などまちまちだ。
そしてカウンセリングの予約を入れてくれている生徒たちは、自分の時間になるまで、校舎内で思い思いに過ごす。
――コンコン
ドアをノックする音が、放課後の最初の相談者が来たことを知らせる。
そう。
彼だ。
「こんにちは」
ドアを開けて挨拶するも、見上げた彼の表情は前回と同様、ニソッとした作り笑いだ。
カケルを見ると、午前中の広瀬父の顔や、カケルが書いたという反省文、そしてそれを満足気に回覧していた佐々木先生、遠い目をした吉田先生の顔が、私の中で一瞬のうちに思い出される。
室内に招き入れ、「今日もよく来てくれました。前回から一週間経ちましたが、今日はご機嫌いかがですか?」と声をかける。
「あの、あの、謹慎が終わったのに、佐々木先生がまだカウンセリングに行けって...」
「うんうん。佐々木先生に言われて来てるんですね」
「う、うん」
「あんまり来たくなかった?」
「べ、別に」

ん?それはどういう意味?別に来たくないことはなかったってこと?

そう思うも、それを確認していいものかためらわれる。
「今日はお話したいことって、ありますか」
「べ、べ、別に...」
重い沈黙が場を支配する。
これじゃ、前回と同じだ。
違いと言えば、カケルが頭を抱えてうずくまっていないことか。
その分、余計に何か話さないといけない気がするが、何を話しかけても膨らませられる気がしない。
そうだ。カケル自身が持ってる主訴をちゃんと確認しなきゃ。
そう思って私は問いかけた。
「工藤くんは学校で困ってることってありますか?」
だが、それに返ってきた言葉は、
「カ、カウンセリングに来ないといけないこと」
「来るのやっぱり嫌だったんだね」
そしてまた沈黙。
その間、カケルはずっと両手をこすり合わせるようにモジモジさせつつ、その指先を凝視している。
なにか話題を触れないかと思って「あの...前回言ってた、アスペルガーは殺されないといけないって...どういう意味?」
恐る恐る私が聞く。
と、指先に集中させていた視線を外し、カケルは私の方に顔を向けた。

「第一次世界大戦の敗戦で、オーストリア・ハンガリー帝国は分裂したんだ。その後衰退したオーストリアはナチスに統合された。統合されるっていうと、戦争に負けて支配されるみたいなイメージあるけど、当時のオーストリアには、ナチスは歓迎されたんだ。多くのユダヤ難民を抱えていたオーストリアは、ナチスの反ユダヤ政策を受け入れて、国富を回復させたかったからね」

急に饒舌に話し出したと思ったら、何の話?

私の戸惑いに頓着しないまま、カケルは話し続けた。
「そういう背景のもと、オーストリア人のハンス・アスペルガーもナチスに傾倒していったんだ。
ナチスは優生思想があって、人種としてユダヤ人を大量虐殺したホロコーストは有名だけど、それだけじゃない。障害者の安楽死も積極的に行っていた。そんな中で、ハンス・アスペルガーは当時、自閉症研究の第一人者だ。そこで、彼に依頼された仕事は、インスペクシオ。教育可能かどうか、子どもの検品作業だ。彼は自分が鑑別した自閉症者を大量に施設送りにした。それは安楽死のための施設。シュピーゲルグルントだ」

なんだろう......。これ、本当なの?なんで、この子、そんなこと知ってるの?
それに、さっきまでのモジモジはどこに行ったの?
なんか......生き生きしてない?

その後、彼は止まらず優生思想、ホロコースト等の言葉を織り交ぜながら、ハンブルガーは追放されてイルリングは処刑されたけど、アスペルガーは逃げ延びたとかなんとか話し続けた。
やがて、私の情報処理能力は彼の語りについていけなくなって、途中から思考がストップした。

――――――
最新話です。次回の更新をお待ちください。