『こころ日誌・インスペクシオ』#10 生徒指導記録ファイル
生徒指導記録ファイル
昼の相談が終わると、早速記録を書いた。こんな風にしっかり記録の時間が取れるのは嬉しい。
5・6時間目の時間帯は授業が優先されるので、基本的に生徒の面談は入らない。入るとしたら、不登校生徒、もしくは保護者面談だ。その意味では先週の様な謹慎中の生徒の面談は例外的だった。
手が空いたときには、いつもなら校内を巡回したり、他に空いている先生と情報交換しつつ過ごす。
でも、このとき、私はやりたいことがあった。
やすらぎルームから階段を下りて職員室に戻ると2年生の島に目をやる。2組担任の島袋先生が一人、パソコンに向かい作業をしている以外は誰もいない。
「島袋先生、お仕事中、ごめんなさい。田中先生か安井先生って今、授業中ですか?」
私に声をかけられて、顔を上げるも、面倒臭そうな様子を隠さず、
「あぁ、いないならそうなんじゃない」
とだけ言って、またすぐにパソコンに向かってしまう。
あまり話しかけてほしくなさそうなのは、それだけ忙しいからだと理解し、その場を離れると、職員室を見渡した。
いた。お願いできそうな先生。
私は職員室の前方に歩を進めた。ほんの2時間前に私を無理やり通らせた校長室に通じる扉。そのすぐ前の席は校長先生。そして、その隣に座っている人物。
教頭の吉田先生だ。
「教頭先生」
私の呼びかけに、「どうしました?」と応えてくれる吉田先生。
先ほどの島袋先生の態度とは明らかに違う。
「あの......工藤くんのことなんですけど」
「あぁ、反省文、読んだ?」
「はい。それで......工藤くんの指導記録って、見せてもらうことできますか?」
「やっぱり気になるよね。ちょっと待ってね~」
そう言うと吉田先生はすぐ後ろを振り返り、大きなキーボックスからお目当ての鍵を取り出すと、私に渡してくれた。
「はい、これ、そこの鍵ね。終わったら返してね」
「ありがとうございます」
吉田先生から受け取った鍵を使い、すぐ隣にある棚の鍵を開ける。
「2年3組は......、あった。これだ」
私は棚からファイルを取り出して、その場でページをめくり始めた。
青山からはじまり、加藤、加藤、木村......あった。工藤カケル。
他の生徒に比べてカケルに関する資料が明らかに多い。
入学した昨年4月から生徒指導連絡会でたびたび名前を聞いていた。その度にこうやってファイリングされてきてたんだ。
今まで関わってこなかったから、報告だけ聞いてもピンと来てなかったけど、こうして私のクライアントとして認識しながら見ると、報告の羅列がケースの輪郭を持ち始める。
入学早々、授業中に無意味に叫んで指導された。
女子生徒につきまといに近い行為をし、指導された。
あ、これは覚えてる。
1年生夏に、深夜に警察に補導されたんだった。連絡会で佐々木先生の報告を聞いた時は、そんなことあったんだって感じで、非行系の子なのかなってあまり気に留めてなかったのを思い出す。
更に通学途中に他校の生徒とトラブルも起こしてる。
あ、1年生の冬にも広瀬くんとトラブル...このときは、広瀬くんに水をかけられたって...。連絡会で、報告あったかな?ちょっと思い出せない。
そして、2年生。今年の5月には失踪事件。この時はなになに...朝、学校に出かけるふりをして登校せず、そのまま一人で海まで行っちゃってる。そう言えば、これも佐々木先生が報告してた...。
この件の生徒と、1年生の夏に警察に補導された生徒は、どちらもカケルのことだったんだ。私の中で、その時々、点々と報告されていた事案が一つにつながっていく。
そして、7月には掃除中にゴミ箱をボコボコになるまで故意に蹴って指導。
そして......今年9月。同じ組の広瀬に暴力行為。
これらの記録を読み返しながら、全て佐々木先生の無機質な報告口調が頭の中でリフレインする。そして、それを......私も無関心に処理していた......。聞いたそばから頭の中で要らない情報としてスルーしていたんだ。
これら全ての事案について、その度にカケルは反省文を書いている。
そして、先ほどの反省文も既にファイリングされている。
どれを見ても丁寧な言葉遣い。
「全ては私の至らなさが原因です」
「酷く後悔しています」
「深く反省しています」
「2度とこのようなことがないよう......」
昼前の佐々木先生の顔が思い出される。
「なかなかよく書けてたでしょ?」
「すごいでしょ」
没入していた私を現実に引き戻したのは、椅子に腰かけたまま私に向かって声をかけてきた吉田先生だ。
「なんか......反省文、全部同じですね」
「いつもそうなんだよ。言葉ではとってもいいこと言うんだけど、中身は何も変わらない。まぁ、でも、仕方ないね。こうしてお灸をすえて反省文を提出させる。それ以上学校ができることなんてないからねぇ」
そう言うと吉田先生は遠い目をした。
「僕は......殺される」
頭を抱えていた先週のカケルの姿......。
このファイルにあるように次々と問題を起こすカケル。
そして、これらの反省文。
彼は......一体、何なんだろう???
――――――
最新話です。次回の更新をお待ちください。
5・6時間目の時間帯は授業が優先されるので、基本的に生徒の面談は入らない。入るとしたら、不登校生徒、もしくは保護者面談だ。その意味では先週の様な謹慎中の生徒の面談は例外的だった。
手が空いたときには、いつもなら校内を巡回したり、他に空いている先生と情報交換しつつ過ごす。
でも、このとき、私はやりたいことがあった。
やすらぎルームから階段を下りて職員室に戻ると2年生の島に目をやる。2組担任の島袋先生が一人、パソコンに向かい作業をしている以外は誰もいない。
「島袋先生、お仕事中、ごめんなさい。田中先生か安井先生って今、授業中ですか?」
私に声をかけられて、顔を上げるも、面倒臭そうな様子を隠さず、
「あぁ、いないならそうなんじゃない」
とだけ言って、またすぐにパソコンに向かってしまう。
あまり話しかけてほしくなさそうなのは、それだけ忙しいからだと理解し、その場を離れると、職員室を見渡した。
いた。お願いできそうな先生。
私は職員室の前方に歩を進めた。ほんの2時間前に私を無理やり通らせた校長室に通じる扉。そのすぐ前の席は校長先生。そして、その隣に座っている人物。
教頭の吉田先生だ。
「教頭先生」
私の呼びかけに、「どうしました?」と応えてくれる吉田先生。
先ほどの島袋先生の態度とは明らかに違う。
「あの......工藤くんのことなんですけど」
「あぁ、反省文、読んだ?」
「はい。それで......工藤くんの指導記録って、見せてもらうことできますか?」
「やっぱり気になるよね。ちょっと待ってね~」
そう言うと吉田先生はすぐ後ろを振り返り、大きなキーボックスからお目当ての鍵を取り出すと、私に渡してくれた。
「はい、これ、そこの鍵ね。終わったら返してね」
「ありがとうございます」
吉田先生から受け取った鍵を使い、すぐ隣にある棚の鍵を開ける。
「2年3組は......、あった。これだ」
私は棚からファイルを取り出して、その場でページをめくり始めた。
青山からはじまり、加藤、加藤、木村......あった。工藤カケル。
他の生徒に比べてカケルに関する資料が明らかに多い。
入学した昨年4月から生徒指導連絡会でたびたび名前を聞いていた。その度にこうやってファイリングされてきてたんだ。
今まで関わってこなかったから、報告だけ聞いてもピンと来てなかったけど、こうして私のクライアントとして認識しながら見ると、報告の羅列がケースの輪郭を持ち始める。
入学早々、授業中に無意味に叫んで指導された。
女子生徒につきまといに近い行為をし、指導された。
あ、これは覚えてる。
1年生夏に、深夜に警察に補導されたんだった。連絡会で佐々木先生の報告を聞いた時は、そんなことあったんだって感じで、非行系の子なのかなってあまり気に留めてなかったのを思い出す。
更に通学途中に他校の生徒とトラブルも起こしてる。
あ、1年生の冬にも広瀬くんとトラブル...このときは、広瀬くんに水をかけられたって...。連絡会で、報告あったかな?ちょっと思い出せない。
そして、2年生。今年の5月には失踪事件。この時はなになに...朝、学校に出かけるふりをして登校せず、そのまま一人で海まで行っちゃってる。そう言えば、これも佐々木先生が報告してた...。
この件の生徒と、1年生の夏に警察に補導された生徒は、どちらもカケルのことだったんだ。私の中で、その時々、点々と報告されていた事案が一つにつながっていく。
そして、7月には掃除中にゴミ箱をボコボコになるまで故意に蹴って指導。
そして......今年9月。同じ組の広瀬に暴力行為。
これらの記録を読み返しながら、全て佐々木先生の無機質な報告口調が頭の中でリフレインする。そして、それを......私も無関心に処理していた......。聞いたそばから頭の中で要らない情報としてスルーしていたんだ。
これら全ての事案について、その度にカケルは反省文を書いている。
そして、先ほどの反省文も既にファイリングされている。
どれを見ても丁寧な言葉遣い。
「全ては私の至らなさが原因です」
「酷く後悔しています」
「深く反省しています」
「2度とこのようなことがないよう......」
昼前の佐々木先生の顔が思い出される。
「なかなかよく書けてたでしょ?」
「すごいでしょ」
没入していた私を現実に引き戻したのは、椅子に腰かけたまま私に向かって声をかけてきた吉田先生だ。
「なんか......反省文、全部同じですね」
「いつもそうなんだよ。言葉ではとってもいいこと言うんだけど、中身は何も変わらない。まぁ、でも、仕方ないね。こうしてお灸をすえて反省文を提出させる。それ以上学校ができることなんてないからねぇ」
そう言うと吉田先生は遠い目をした。
「僕は......殺される」
頭を抱えていた先週のカケルの姿......。
このファイルにあるように次々と問題を起こすカケル。
そして、これらの反省文。
彼は......一体、何なんだろう???
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最新話です。次回の更新をお待ちください。