『こころ日誌・インスペクシオ』#4 金井先生
金井先生
「失礼します」
階段を降りて1階にある保健室に入ると、私は促された椅子に座る。金井先生も自分の椅子に腰を下ろした。
金井先生はいつも校内の様々な情報を伝えてくれる。それはときにケースの情報であり、ときに教員の裏話だったりもする。金井先生がいてくれるお陰で、非常勤職員という、いわば部外者的な扱いの学校組織の中で孤独感に押しつぶされなくて済む。
私より一回り年上で、いつもにこやかで温かみがあり、同じ女性としてこんな風なお母さんになれたらいいなと、密かに憧れている女性。
そんな金井先生だが、夏休みを挟んで久しぶりに会う表情は少し疲れているように見える。
正対した私の目を見ると、困ったような口調で切り出した。
「今日の工藤君の件なんですけど......」
「はい、工藤君って、私は会ったことないんですけど、連絡会で去年から何度か名前聞いてますよね。どんな子なんですか?」
「保健室の利用も多いです。特に2年生になってから増えました。眩暈を訴えることが多いですね。低血圧みたいで」
「起立性調節障害とか、そっち系ですか」
「ん~、どうなんでしょう。それだったら、朝起きられないですよね。でも、毎朝ちゃんと来るんですよ。遅刻もしないで」
ということは、眩暈の正体は何なんだろう...メニエール病なんかも眩暈を訴える病気として思い浮かぶ。
「私......凄く心配なんです。保健室でもものすごくイライラしていると言うか、急に『アァー!』って大声で叫ぶときもあったり。相当にストレス溜めてる感じなんです。ちょっと普通の発達障害の子とも違う感じがして」
「なんかいじめの被害も加害もあるって言ってましたね」
「私から見ると、いじめ加害っていうのがちょっとイメージわかないんです。すごくイライラしてる感じはあるんですけど、他の子をいじめるような感じには見えなくて。その分、自分に向かっちゃうって言うか......いつも指先がボロボロなんですよ。自分でささくれを剝いちゃうみたいで。血だらけになって保健室に来たこともあります」
想像するだけで物凄く痛そうだ。
「でも、今回みたいに暴力沙汰になっちゃうのが、中学でもあったのかもしれないですね」
と言う金井先生。
「それがいじめってことですかね。でも、なんかいじめ加害っていうより、パニック発作的な感じで暴れちゃうのかもしれないですね」
「そうだと思います。でも、このままいくと、いつかすごい犯罪を犯しちゃったりしないかって心配になります」
金井先生の言葉に背筋が凍るような感覚を覚えるのは、保健室を冷やしているエアコンのせいだけじゃない。
発達障害者が犯罪を犯す......それだけはなんとしても防ぎたい。
非常勤を掛け持ちしている私は、発達相談員として保育園でも働いている。そこで見る発達障害の子ども達は本当に純粋。そんな子たちを見ていると、この子たちを犯罪者予備軍のように言う風潮に悲しみを通り越して怒りすら覚える。この天真爛漫な子たちを追い込んでいるのは学校であり、社会だって心から思う。
「工藤君...今までよっぽど苦しんできたのかもしれないですね」
私はつぶやいた。
金井先生が言う。
「このままだといずれ進路変更になりそうで......」
進路変更......それは今の学校で卒業を目指さないで、別の道を探すということ。
つまり......退学処分のことだ。
――キーンコーンカーンコーン
4時間目終了のチャイムが鳴った。
「あ、すぐに生徒が来ちゃう!失礼しますね」
私はそう言うと、そそくさと保健室を後にした。
階段を降りて1階にある保健室に入ると、私は促された椅子に座る。金井先生も自分の椅子に腰を下ろした。
金井先生はいつも校内の様々な情報を伝えてくれる。それはときにケースの情報であり、ときに教員の裏話だったりもする。金井先生がいてくれるお陰で、非常勤職員という、いわば部外者的な扱いの学校組織の中で孤独感に押しつぶされなくて済む。
私より一回り年上で、いつもにこやかで温かみがあり、同じ女性としてこんな風なお母さんになれたらいいなと、密かに憧れている女性。
そんな金井先生だが、夏休みを挟んで久しぶりに会う表情は少し疲れているように見える。
正対した私の目を見ると、困ったような口調で切り出した。
「今日の工藤君の件なんですけど......」
「はい、工藤君って、私は会ったことないんですけど、連絡会で去年から何度か名前聞いてますよね。どんな子なんですか?」
「保健室の利用も多いです。特に2年生になってから増えました。眩暈を訴えることが多いですね。低血圧みたいで」
「起立性調節障害とか、そっち系ですか」
「ん~、どうなんでしょう。それだったら、朝起きられないですよね。でも、毎朝ちゃんと来るんですよ。遅刻もしないで」
ということは、眩暈の正体は何なんだろう...メニエール病なんかも眩暈を訴える病気として思い浮かぶ。
「私......凄く心配なんです。保健室でもものすごくイライラしていると言うか、急に『アァー!』って大声で叫ぶときもあったり。相当にストレス溜めてる感じなんです。ちょっと普通の発達障害の子とも違う感じがして」
「なんかいじめの被害も加害もあるって言ってましたね」
「私から見ると、いじめ加害っていうのがちょっとイメージわかないんです。すごくイライラしてる感じはあるんですけど、他の子をいじめるような感じには見えなくて。その分、自分に向かっちゃうって言うか......いつも指先がボロボロなんですよ。自分でささくれを剝いちゃうみたいで。血だらけになって保健室に来たこともあります」
想像するだけで物凄く痛そうだ。
「でも、今回みたいに暴力沙汰になっちゃうのが、中学でもあったのかもしれないですね」
と言う金井先生。
「それがいじめってことですかね。でも、なんかいじめ加害っていうより、パニック発作的な感じで暴れちゃうのかもしれないですね」
「そうだと思います。でも、このままいくと、いつかすごい犯罪を犯しちゃったりしないかって心配になります」
金井先生の言葉に背筋が凍るような感覚を覚えるのは、保健室を冷やしているエアコンのせいだけじゃない。
発達障害者が犯罪を犯す......それだけはなんとしても防ぎたい。
非常勤を掛け持ちしている私は、発達相談員として保育園でも働いている。そこで見る発達障害の子ども達は本当に純粋。そんな子たちを見ていると、この子たちを犯罪者予備軍のように言う風潮に悲しみを通り越して怒りすら覚える。この天真爛漫な子たちを追い込んでいるのは学校であり、社会だって心から思う。
「工藤君...今までよっぽど苦しんできたのかもしれないですね」
私はつぶやいた。
金井先生が言う。
「このままだといずれ進路変更になりそうで......」
進路変更......それは今の学校で卒業を目指さないで、別の道を探すということ。
つまり......退学処分のことだ。
――キーンコーンカーンコーン
4時間目終了のチャイムが鳴った。
「あ、すぐに生徒が来ちゃう!失礼しますね」
私はそう言うと、そそくさと保健室を後にした。