『こころ日誌・インスペクシオ』#2 2学期の始まり
2学期の始まり
地下鉄の階段を上がり地上に出ると私は空を見上げた。
どんよりした雲が太陽を遮り、まとわりつく湿気が天気予報を見なくてもこの後の雨を予感させる。
「これは、すぐ降ってきそうね」
そうでなくても、紫外線はこんな分厚い雲でも平気で貫いて私に襲い掛かる。
私は歩き出す前に、肩から下げたトートバッグから折り畳み傘を取り出して広げた。
駅から学校までの10分弱の道のりを足早に歩く。ただでさえ暑いのにこの湿気。私の意思とは無関係に噴き出す汗が、出かける前にアイロンをあてたブラウスを肌に張り付かせるようで気持ち悪い。左手で傘を差しつつ、右手に持ったハンカチで化粧を崩さないように丁寧に汗を拭いながら、歩いていく。
校門をくぐると職員用玄関を通り、校舎に入る。今は丁度3時間目が終わって休み時間の最中。
下駄箱でスリッパに履き替えると、2階にある職員室に向けて階段を上がる。途中で、すれ違う女子生徒三人組が私を見て「こんにちは~」と明るい声であいさつをくれたので、私も笑顔を作り「こんにちは」と応えた。
階段を上がり切り、突き当りを右に曲がる。
夏休み明けの職員室前の廊下は人口密度が高い。ほんの短い休み時間だって言うのに、進路指導、学習指導、生活指導……他にもあるかもしれないけど、教師と生徒が入り乱れていて、皆額に汗をにじませている。
人の間をすり抜けてようやく職員室に入ると、廊下とは別世界のように冷えて乾燥した空気が私を迎えた。じめじめした不快感からやっと解放された喜びに、私は大きく息を吐く。
「こんにちは~」
あいさつをすると、周りにいた何人かの先生は「こんにちは」と返してくれた。でも、それも束の間。一瞬で、その他大勢の喧騒にかき消されて、私が出勤した事実は一気に職員室の先生方の関心の外に追いやられる。
でもそれもいつものこと。
今更何も思わない。
私はそのまま非常勤職員用の机に向かい、トートバッグを置くと、引き出しを開け、『SC予約表』と書かれたファイルを取り出した。
「さて、今日の予定は……」
『9月5日』という欄を見る。
4時間目はいつもの生徒指導連絡会、そして、昼休み以降、時間いっぱいいくつもの学年・個人名が並んでいる。
(今日もいっぱいかぁ。しんどそうだなぁ)
そう思いながらよく見ると、その中で一つ異彩を放っている予定があるのに気づいた。それは午後の授業の時間帯に当てはめられている。
個人名ではなく、『生徒指導案件』と書かれた予定。
「……なにかあったのかな」
ファイルを閉じた私が顔を上げ、職員室を見渡そうとした矢先。
――キーンコーンカーンコーン
4時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
それと同時に、
「連絡会はじめまーす」
中年男性の声が室内に響いた。
どんよりした雲が太陽を遮り、まとわりつく湿気が天気予報を見なくてもこの後の雨を予感させる。
「これは、すぐ降ってきそうね」
そうでなくても、紫外線はこんな分厚い雲でも平気で貫いて私に襲い掛かる。
私は歩き出す前に、肩から下げたトートバッグから折り畳み傘を取り出して広げた。
駅から学校までの10分弱の道のりを足早に歩く。ただでさえ暑いのにこの湿気。私の意思とは無関係に噴き出す汗が、出かける前にアイロンをあてたブラウスを肌に張り付かせるようで気持ち悪い。左手で傘を差しつつ、右手に持ったハンカチで化粧を崩さないように丁寧に汗を拭いながら、歩いていく。
校門をくぐると職員用玄関を通り、校舎に入る。今は丁度3時間目が終わって休み時間の最中。
下駄箱でスリッパに履き替えると、2階にある職員室に向けて階段を上がる。途中で、すれ違う女子生徒三人組が私を見て「こんにちは~」と明るい声であいさつをくれたので、私も笑顔を作り「こんにちは」と応えた。
階段を上がり切り、突き当りを右に曲がる。
夏休み明けの職員室前の廊下は人口密度が高い。ほんの短い休み時間だって言うのに、進路指導、学習指導、生活指導……他にもあるかもしれないけど、教師と生徒が入り乱れていて、皆額に汗をにじませている。
人の間をすり抜けてようやく職員室に入ると、廊下とは別世界のように冷えて乾燥した空気が私を迎えた。じめじめした不快感からやっと解放された喜びに、私は大きく息を吐く。
「こんにちは~」
あいさつをすると、周りにいた何人かの先生は「こんにちは」と返してくれた。でも、それも束の間。一瞬で、その他大勢の喧騒にかき消されて、私が出勤した事実は一気に職員室の先生方の関心の外に追いやられる。
でもそれもいつものこと。
今更何も思わない。
私はそのまま非常勤職員用の机に向かい、トートバッグを置くと、引き出しを開け、『SC予約表』と書かれたファイルを取り出した。
「さて、今日の予定は……」
『9月5日』という欄を見る。
4時間目はいつもの生徒指導連絡会、そして、昼休み以降、時間いっぱいいくつもの学年・個人名が並んでいる。
(今日もいっぱいかぁ。しんどそうだなぁ)
そう思いながらよく見ると、その中で一つ異彩を放っている予定があるのに気づいた。それは午後の授業の時間帯に当てはめられている。
個人名ではなく、『生徒指導案件』と書かれた予定。
「……なにかあったのかな」
ファイルを閉じた私が顔を上げ、職員室を見渡そうとした矢先。
――キーンコーンカーンコーン
4時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
それと同時に、
「連絡会はじめまーす」
中年男性の声が室内に響いた。