『こころ日誌』舞台裏その5
カウンセリングが失敗するカウンセラーの側の要因
小説『こころ日誌』をお読みいただいてありがとうございます。
今回も小説の中で語られているいくつかの描写について、心理学的な観点から解説していきます。
今回も小説の中で語られているいくつかの描写について、心理学的な観点から解説していきます。
人は想像以上に社会的な生き物である
2回目の隆志とのオンライン面接の話に入りましょう。
1回目の不登校の要因を母親に全部押し付けている様子がありつつも、辟易しながら、夫婦生活を続けている背景に隆志の責任感というキーワードが出てきます。
責任があるから、義務的に家族を支えているというスタンスですね。
ここで私は大和魂という言葉を出していますが、これは私が普段のカウンセリングの中でとても頻繁に感じる言葉です。自分の幸せよりも、周りとの調和を優先する。私は外国の文化圏の人にカウンセリングをした経験はないので、これが日本人固有の物かは分からないのですが、この大和魂がクライアントを苦しめているという状況は、ある意味あるあるなのかなって思っています。人間がいかに社会の中でその影響を受けながら生きているかということを痛感します。
1回目の不登校の要因を母親に全部押し付けている様子がありつつも、辟易しながら、夫婦生活を続けている背景に隆志の責任感というキーワードが出てきます。
責任があるから、義務的に家族を支えているというスタンスですね。
ここで私は大和魂という言葉を出していますが、これは私が普段のカウンセリングの中でとても頻繁に感じる言葉です。自分の幸せよりも、周りとの調和を優先する。私は外国の文化圏の人にカウンセリングをした経験はないので、これが日本人固有の物かは分からないのですが、この大和魂がクライアントを苦しめているという状況は、ある意味あるあるなのかなって思っています。人間がいかに社会の中でその影響を受けながら生きているかということを痛感します。
不登校の意味を読み解くシステムアプローチ
不登校の意味についてです。ここで解説している「カオリが全身で家族内のSOSを訴えている」っていうロジック。
伝わるでしょうか。
これは家族療法のシステムアプローチの考え方です。家族の誰かが問題を抱えているとき、それは個人の問題ではなく、家族の問題の表れだと考えるわけです。
もう少し分かりやすく説明します。子どもは両親に愛され、安心をもらうことで、心のエネルギーを貯めます。そしてそのエネルギーを使って、日々の生活をします。ところが、両親の不和というのは、安心を奪います。そうすると心のエネルギーが貯まりませんから、生活に不調が生じます。心も体と同じようにお腹が減るんです。その結果としての不登校という考え方です。だから、両親に夫婦の問題に向き合ってもらうことの大切さをここで私は力説しているわけです。
伝わるでしょうか。
これは家族療法のシステムアプローチの考え方です。家族の誰かが問題を抱えているとき、それは個人の問題ではなく、家族の問題の表れだと考えるわけです。
もう少し分かりやすく説明します。子どもは両親に愛され、安心をもらうことで、心のエネルギーを貯めます。そしてそのエネルギーを使って、日々の生活をします。ところが、両親の不和というのは、安心を奪います。そうすると心のエネルギーが貯まりませんから、生活に不調が生じます。心も体と同じようにお腹が減るんです。その結果としての不登校という考え方です。だから、両親に夫婦の問題に向き合ってもらうことの大切さをここで私は力説しているわけです。
トラウマ体験の想起を助けるトランス
次に2回目のオンライン面接で、隆志のトラウマの起源に迫っていく過程を見ていきましょう。
隆志がとも子に腹を立てるとき、「あなたに言っても何も解決しない」と言われた場面がフラッシュバックします。
この時に感じる感情を頼りに、その感情の起点まで遡っていくというワークです。
「そんなに簡単に、過去が特定できるものか?」と思われるかもしれません。
ですが、私はこの時慎重にペンデュレーションを使い、隆志も以前のとも子と同じようにトランス状態に導いています。
トランス状態では、無意識が優位に働いてくれます。無意識は先に解説した大和魂の影響を受けません。ピンポイントでトラウマ記憶の起点に連れていってくれるのです。
隆志がとも子に腹を立てるとき、「あなたに言っても何も解決しない」と言われた場面がフラッシュバックします。
この時に感じる感情を頼りに、その感情の起点まで遡っていくというワークです。
「そんなに簡単に、過去が特定できるものか?」と思われるかもしれません。
ですが、私はこの時慎重にペンデュレーションを使い、隆志も以前のとも子と同じようにトランス状態に導いています。
トランス状態では、無意識が優位に働いてくれます。無意識は先に解説した大和魂の影響を受けません。ピンポイントでトラウマ記憶の起点に連れていってくれるのです。
出てきた場面を読み解く!
そして、出てきたのは隆志が受験に失敗してしまった場面でした。
この場面をいかに読み解いて、現在のフラッシュバックへとつながっているのか、筋の通ったストーリーを組み上げるのが、トラウマ治療者としては腕の見せ所かもしれません。
以前の解説回のときに、カウンセリングはミステリーだと申し上げましたが、ここでも、その真骨頂が発揮されます。 受験に失敗し、親の期待に応えられなかったことが、隆志を強迫的に期待に応えることが正しいことという信念に駆り立てます。そして、「あなたに話しても何も解決しない」というのは、「あなたは私の期待に応えられない」という、いわば戦力外通告です。
ここで隆志のトラウマがえぐられたわけですね。
隆志を苦しめていた罪悪感に対して、自分で「大丈夫だ」と伝えてあげることで、その傷を癒すというワークでした。
そして、ここでは、北海道の温泉やコーヒー牛乳だけでなく、隆志の母親をリソースとして使っています。
面接場面では隆志は再三母親を持ち上げます。隆志にとって母親は理想的な愛着対象です。その母親から言われた「大丈夫」っていう言葉。それを想起しつつ、自分で自分に「大丈夫だ」と声掛けしてあげることで、辛い記憶を落ち着かせていったわけです。
この場面をいかに読み解いて、現在のフラッシュバックへとつながっているのか、筋の通ったストーリーを組み上げるのが、トラウマ治療者としては腕の見せ所かもしれません。
以前の解説回のときに、カウンセリングはミステリーだと申し上げましたが、ここでも、その真骨頂が発揮されます。 受験に失敗し、親の期待に応えられなかったことが、隆志を強迫的に期待に応えることが正しいことという信念に駆り立てます。そして、「あなたに話しても何も解決しない」というのは、「あなたは私の期待に応えられない」という、いわば戦力外通告です。
ここで隆志のトラウマがえぐられたわけですね。
隆志を苦しめていた罪悪感に対して、自分で「大丈夫だ」と伝えてあげることで、その傷を癒すというワークでした。
そして、ここでは、北海道の温泉やコーヒー牛乳だけでなく、隆志の母親をリソースとして使っています。
面接場面では隆志は再三母親を持ち上げます。隆志にとって母親は理想的な愛着対象です。その母親から言われた「大丈夫」っていう言葉。それを想起しつつ、自分で自分に「大丈夫だ」と声掛けしてあげることで、辛い記憶を落ち着かせていったわけです。
カウンセラーの自己開示
第36話では、物語の演出上、あった方が良いと思い、私は私の日常場面を描写しています。
日曜日に研修を受け、夜は家族と団らんするというものです。
この様子は書こうかどうか迷いました。
と言うのも、実際に相談室でケースを持っている私が、自分の日常を公開することが、実際の私のクライアントとの関係に与える影響を考慮に入れなくてはいけないからです。
ですが、『山の香りカウンセリングサービス』は自宅開業の相談室です。
実際に来ていただいている方は、既に私の日常の生活の場にお越しいただいているわけですので、その生活の匂いは既に感じ取っていただいている方々です。
その方々には聞かれれば、ここに開示したようなことはお伝えできるという判断のもとの描写となりました。
日曜日に研修を受け、夜は家族と団らんするというものです。
この様子は書こうかどうか迷いました。
と言うのも、実際に相談室でケースを持っている私が、自分の日常を公開することが、実際の私のクライアントとの関係に与える影響を考慮に入れなくてはいけないからです。
ですが、『山の香りカウンセリングサービス』は自宅開業の相談室です。
実際に来ていただいている方は、既に私の日常の生活の場にお越しいただいているわけですので、その生活の匂いは既に感じ取っていただいている方々です。
その方々には聞かれれば、ここに開示したようなことはお伝えできるという判断のもとの描写となりました。
カウンセラーの操作性への反発
前回の解説で、隆志を説得する場面に、私の操作性が出ていたと解説しましたが、ここでも、同じことが起こっています。一人で来談したことについては、「母にそう言われたから」と言うカオリ。せっかく芽吹きつつあった主体性が、私の操作によって、またしぼんでしまいそうになっている瞬間です。私が「カオリちゃんの気持ちを大事にしたい」と伝えていますが、その言葉はカオリには響きません。ダブルバインドですよね。「気持ちを大事にしたい」「でも、両親を仲直りさせるのはダメ」って伝えてしまっています。「私は・・・どうしたいかわからないです。ここで何をしたいかも」と返すカオリのこのセリフに、私にせっかく見つけた生き甲斐を取り上げられたことで、関係が微妙にギクシャクする感じを表現しています。
描画について
ここで私はカオリを描画に誘います。カウンセリングというのは、クライアントの自己表出の場にできたときが、一番カタルシスを感じてもらえます。その自己表出を言語で促すのがトークセラピーですが、トークセラピーには、理性という厄介なハードルがあります。「こんなこと言ったらどう思われるか」という不安、「私はそんな気持ちは持っていない」という理性の判断などにより表出される幅が狭められてしまうのです。ですから、私の面接では、再三お伝えしているトランス状態を創り出すことによって、理性のハードルを下げるということをするわけですが、描画にも同じような効果が期待できます。描画では言語化されない分、理性のフィルターが弱まり、クライアントが内に抱えているものが出やすくなります。いつもニコニコしている子の描く絵が、妙にグロテスクだったり、攻撃的だったりするような場面も、実際のケースではよく見られます。そして、言語化されないということは、カウンセラーには描かれた作品から、クライアントの表出されているメッセージを読み解く目が求められます。「この子はこの絵で何を訴えたいんだろう?」「ここにこの子のこんな気持ちが込められているのでは?」と解釈する目です。そこにもカウンセラーの専門性が求められるのです。第11話でとも子が「怖い絵」を持ってきますが、これも私にその「目」を期待しての行動でした。
今回の解説はここまでになりますが、いかがでしたでしょうか。
これらの解説を通じて、皆様のカウンセリングへの理解が深まってくれると幸いです。
今回の解説はここまでになりますが、いかがでしたでしょうか。
これらの解説を通じて、皆様のカウンセリングへの理解が深まってくれると幸いです。