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こころ日誌#42

夫婦合同面接2

20〷+1年 10月31日  とも子#14 隆志#4 夫婦合同面接
「こんにちは。今日もよくおいでくださいました」
目の前にいる二人に対し、来談に対する労いの気持ちをこめた挨拶を済ませると、私はいつものように歓迎の意味を込めて、温かい煎茶と、クッキーを二人の前に並べる。これは今朝スーパーで買ってきたばかりだ。
そして、前回と同じように、呼吸合わせをした後に、私から話を振った。
「とも子さん、前回お義母さんのようにできないっておっしゃっていましたが、それからそのようなお気持ちを刺激されたことってありますか?」
私の問いかけに、いたって平坦な口調で「あると言えばあるし、ないと言えばないって感じです」ととも子。視線は下の方を向きつつ、空中を泳いでいるように見える。
それを聞いた隆志は、「何も言ってないだろう。前回から。特に、大きな波もないし。普通に夫婦としてこれからもやって行けると思うけど」と口を挟んだ。
隆志としては、夫婦間葛藤が前回のカウンセリングで大分解消されたという感覚があるのだろうか。

私はできるだけ優しい口調を意識しながら、
「隆志さんがこう仰っていますが、とも子さん、どう思われますか?」と振る。
とも子は少し躊躇したように間を取ったと思うと、急に「どうしても言わせてほしいことがあるの」と隆志の方を向いた。
今から意を決して何かを伝えようとしているのが見て取れる。自然と場が緊張に包まれた。
私と隆志が見守る中で、再び視線を落としつつ、とも子は言葉を続ける。
「あなたは前回ここで、『母みたいには誰もできない』って言ったわよね。それってやっぱり私にお義母さんを期待しているってことよね」
とも子の言葉には大きな勇気が込められていたのだろう。少し声が震えているように聞こえる。
それを受けて隆志は返す。
「そんなつもりはない。あんな風に誰にでも優しく穏やかにいられないのは分かってるよ」
「そうやって、お義母さんを持ち上げて、それと比較して私にできないって言ってくるのが苦しいの」
「それは事実だから仕方ないだろう」

とも子は今、長年ずっと感じてきた気持ちを言語化してくれている。ずっと隆志にぶつけたいと思いつつぶつけることができなかった気持ちだ。
一方隆志はそれをどう受け止めていいか解らずにいるのかもしれない。
ここではぐらかしてしまっては、夫婦の間に今私がいる意味がない。

「隆志さん、隆志さんの中で、期待を裏切らないというのはとても大切なことなんですよね。隆志さんは家族の期待を裏切ってしまってとても苦しんだ過去がある。だから、責任感強く、一生懸命、ストイックに生きてこられた。一方で、隆志さんご自身が相手に期待したときにも、自分がこんなにやってるんだから、応えてくれないと納得がいかない感じになるのかもしれません。そして、結婚したときに、とも子さんにお母さんのような振る舞いを期待してたんじゃないですか。そして、それが、裏切られた気持ちを持ち続けてる」

隆志は何も言わない。

「それが無言の圧力となり、とも子さんがいたたまれない気持ちになった。とも子さんがそんな中で自分を守るためには、カオリちゃんを立派に育て上げるしかなかったのかもしれません。それで、完璧主義に駆り立てられたとも子さんは、カオリちゃんに厳しく当たっちゃうサイクルを創り上げたというストーリーはいかがでしょうか」

私は夫婦間でこれまで起こってきたことを私なりの解釈で言語化した。

とも子は私の言葉を聞きながら相変わらず顔を強張らせている。とも子は多分意識していないだろう。だが、それは怒りの発露だ。抑圧されてきて、良い妻であるために出せなかった怒りが湧き出ようとしている。

「僕が・・・、とも子をそうさせていたということ?」
隆志がテーブルの上にある湯呑のあたりを見ながらつぶやいた。
少なからず私の言葉が届いたか。そう思い、更に私は言葉をつないだ。
「今、隆志さんがすべきことって、期待外れだったけど、責任を取って夫婦でいるのではなく、目の前のとも子さんを等身大で愛することじゃないですか」
私は思い込めて言った。
ここでも隆志は呟くように声を発する。
「僕は・・・それができてない?」
とも子が口を開く。
「私はあなたが最初に声をかけてくれた時、信じられなかったの。だから、絶対なんか企んでるって思った。私なんか好きになってくれる人なんているわけないって思ってたから。でも、あなたを知っていく内に、あなたは愛を知っている人だって思った。そんな人が私に想いを持ってくれるなんて、嬉しかった。だから、あなたの期待に応えようと頑張ってきた。あなたの愛を失いたくなかったから。でも、頑張れば頑張るほど、駄目な自分ばっかりが見えてきたの」
その目に少し涙を浮かべながらとも子はつづけた。
「カオリが生まれたとき、嬉しかったけど、本当はすごく怖かった。自分の母に優しくされた記憶がない私は絶対すぐにボロが出る。お義母さんみたいにはなれるわけない。そしたら、あなたに捨てられるって思って」
「だから、そんな風にならないでいいって言ってきただろ」
「それが比較しているって言ってるの。私はお義母さんの下位互換じゃない。私はあなたに、お義母さんじゃなくて、私を『愛してる』って言ってほしかったの。そう言ってもらわないと、私はとっても不安になって、どうしようもなかったの!」
とも子のストレートな気持ちの吐露に隆志は驚いている様子だ。家ではいつも隆志が不機嫌になり、とも子は黙り込むパターンだったからだ。
二人の昂っている交感神経を鎮める意図をもって、私は低めの声で言った。
「隆志さん、ご実家から離れて、とも子さんと結婚して、新しいご家庭を築かれました。それはお二人にとって、とっても素晴しいことでした。そして、とも子さんと築いた新しいご家庭は、ご実家とは違って当たり前です。中身が違うんですから。多分、隆志さんが果たすべき、一番の責任・・・それは、ご実家から本当の意味で自立して、奥さんを幸せにすることじゃないでしょうか」

しばしの沈黙が流れた。
すると隆志が不意に言った。
「カウンセリングって、こういう場なんですか」
私は隆志の様子に少しびっくりして聞き返した。
「と言うと?」
隆志は目元がぴくついているように見える。
「二人して僕を悪者にして、責め立てるのがカウンセリングなんですか?」
今までの会話が隆志の被虐スイッチを押してしまったようだ。そこで私は言う。
「隆志さん、今の話を聞いて、とても責め立てられているように感じたんですね」
「責めてるじゃないですか!」
強くなった隆志の口調を落ち着かせようと、私はできるだけ低い声で伝えた。
「そう感じさせてすみません。実は今日、準備したものがあります。少しお待ちください」
私は立ち上がると、奥のキッチンに移動した。冷蔵庫から今朝スーパーを回って手に入れた瓶のボトルを取り出し、お盆に乗せて隆志の前に持ってくる。
隆志の視線を感じつつ、私はキャップをつけたままのそれを隆志の前に差し出した。
「すみません。隆志さんが北海道で飲んだものとは同じじゃないと思いますが、ちょっと一口飲んでみてください」

「わざわざ用意してくれたんですか」

驚きの表情と共にそれを手に取ると、隆志は自分で瓶のキャップを外し、口を付けた。

「甘いです。コーヒー牛乳って、大人になってから初めて飲んだかもしれません。こんな味でしたっけ」

隆志がコーヒー牛乳の味を噛みしめているのを確認して私は言った。
「隆志さん、期待に応えられないと感じたとき、自分を責めてしまう癖がありましたね。コーヒー牛乳を味わいながら、温泉につかっているイメージをよく思い出してください。温泉の匂い、温度、肌ざわり、景色。そして、もう一度、ご自身に言ってあげましょう。『落ち込まなくていい。大丈夫だ』って。そうすれば、隆志さんはどんな逆境だって、反骨精神で乗り越えられるはずです」

ここでもまた沈黙が流れる。
隆志は下を向いており、その隆志をとも子と私が見つめている。
Youtubeでかすかに流しているヒーリングミュージックだけが私たちの聴覚で拾える唯一の刺激だった。

長い沈黙の後、普段高めの声だが、そのトーンを抑える感じで、声を発した。
「とも子・・・」
この呼びかけに、とも子は答えない。黙って隆志を見つめている。
「確かにお袋と比較して残念に思ったことがないと言えば噓になる。僕は今まで君にお袋の役割を求めていたんだな。。。でも、だからと言って、今僕が『改心しました』、『愛している』って伝えても、空々しい感じが自分でもする。僕は・・・どうしたらいい?」
隆志はこれまでずっと否定し、自身の母親代わりを演じるように求めてきたとも子から、逆に否定されて自分の立ち位置を見失っているように見える。
しかしそのような隆志の問いかけに対して、とも子は沈黙をもって答えた。

三度、長い静寂が場を支配する。
私は二人の息遣いを注意深く感じながら、自身のHRV呼吸を意識し、同調を図る。一定のリズムで、ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く。ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐く。

どれだけの時間が流れただろうか。隆志はもう一度、コーヒー牛乳の瓶を口に運び、一口つけて、机に戻した。
そして、先ほどと同じようにもう一度、呼ぶ。
「とも子・・・」
呼びかけに対しとも子は隆志をまっすぐ見つめている。
「とも子が僕たちの山野家を正しい方向に持って行けるように頑張って変わろうとしてくれていることが分かった。僕も、胸を張ってとも子に『愛している』って言えるように・・・変わろうと思う」

私は誰に感情移入していたのかは分からない。ただ、隆志の決意を聞いて、自然と涙腺が緩んでいるのを感じていた。


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