こころ日誌#39
夫婦の歴史
「ご協力いただいてありがとうございます。それでは、本題に入っていきたいと思いますが、私はお二人のこと、伺ってないことまだまだたくさんあります。もし良ければお話できる範囲で構いませんので、お二人の馴れ初めからお話くださいますか?」
二人には二人が結婚に至った歴史がある。私の促しには、それを私が理解するためという意図ももちろんあるが、それ以上に、二人に、その歴史を振り返ってもらうことに重きを置いている。呼吸を落ち着けた冷静な状態で自身の気持ちや、二人の関係の移り変わりを再体験してもらうのである。
隆志が語りだした。
「初めて妻に会ったのは僕が会社に入って3年目のころでした。会社の営業所が妻の店の前にあったんです。妻の店は食品の販売会社ですが、当時そこでランチサービスしてて。それで、僕が昼にそこに入ったのが始まりでした」
隆志の語りをとも子は黙って聞いている。
「最初、僕からアプローチしたんですよ。初めての時は普通にそこで食事しただけでしたが、昔の話ですが、当時僕がとも子を気に入って」
昔の話・・・単に照れを誤魔化すために言っているのか。それとも今は違うという意味を含ませているのか。
「それで、まぁ、昼飯で通うようになったんですね。で、しばらく通って顔も覚えてもらった頃に、僕からとも子に携帯番号を渡しました。接客してくれている中で、こそッと、『良かったら連絡して』って。結構、いや、かなり勇気要りましたね。僕、そんなタイプじゃないですから。そしたら、割りとすぐでしたね。その日の内にとも子が連絡をくれました」
「すごいですねぇ。隆志さん、とも子さんの第一印象ってどんな感じだったんですか?」
「そうですね。可愛いって思いました」
「うんうん。それで返事来たら、めっちゃ嬉しかったですよね」
「当時は、そうですね」
「とも子さんは、どうですか?どんな第一印象でした?」
「私は・・・あんまり覚えてないんです。よくお店に来てくれる人だから、ちゃんと返事しないと、気まずくなるかなって思って返事をしたような気がします」
あまり乗り気で連絡したわけではなかったということか。
「最初は何か企んでるんじゃないかって警戒していました。変な話、体目的かなとか。でも、何度か会ってそんな感じでもないのかなって思ってきて」
「僕、もともと結婚願望強かったんですよね。できるだけ早く結婚したいって思っていました」
横でとも子が口を挟むように言う。
「私は結婚とか全然考えてなくて。でも、しばらくしてカオリを授かって。それをこの人に伝えたら、じゃ、結婚しようってなりました」
「なるほど、そういう馴れ初めだったんですね。教えていただいてありがとうございます。本当家族の歴史ってありますよね。そういう意味では、私、隆志さんのご実家の話はある程度どんな家庭だったのかって伺ったんですが、とも子さんについては今まであまり聞いていませんでした。よければ、どんなご家庭で育ったのか、お話しくださいますか?」
私の促しに応じで、今度はとも子が話し出した。
「家は、母子家庭でした。父親については、私が物心つく前に離婚していまして。全然記憶にないんです。それで、自分が何歳くらいのときだったかは覚えてないんですけど、一回だけ『お父さんはどこにいるの?』って母に聞いたことあったんです。そしたら母は『嫌なこと思い出させないで』って言ったと思います。それで、私は、父については聞いちゃいけないんだって子ども心に思いました」
それなりに重い話だが、淡々と話す感じが、どこか感情を切り離しているような話しぶりだ。
「前にも少し話しましたが、母は何かにつけて私を責める人でした。それで、早く家を出たいってずっと思ってたんです。それで、実家は三重だったんですが、短大を出て、就職と同時に名古屋に出てきました。それ以来、全く絶縁状態っていうわけじゃないですけど、あまり関わってないです。数年に一回くらい、カオリを連れて行ったことがあるくらいです。今は母は一人ですが、元々飲み歩いてる人でしたから、友達も多いですし、悠々自適に暮らしていると思います」
やや吐き捨てるようなニュアンスを感じる。
そして、ひと通り話しても、とも子の話はここで終わらない。
「そんな私から見ると、主人の家って、すごく健全なんですよね。この人、本当に愛情を注がれて育ってるって思います。私のこともすごく温かく迎えてくれて。結婚したばかりのとき、その感じが本当に異文化っていうか、普通の家ってこんななんだって思いました。お義母さんなんて、私とこの人がケンカすると大抵私に気を遣って、味方してくれるって言うか、この人を諫めてくれるんです」
「お袋は本当、誰にでも優しいから」
隆志も同調する。
「でも・・・、」とも子は声のトーンを落としてつづけた。「私はどうしても、私なんかって思っちゃうと言うか。だから、この人の実家では気を張っちゃうんです。優しくされると、ついボロが出ちゃう気がして」
隆志はとも子とは対照的に声のトーンが上がる。
「そんな気を張る必要ないだろう」
「でも、お義母さんみたいに、できない」
これを聞いて慰めるように隆志が言う。
「あんな風には誰もできないよ」
「・・・」
とも子は下を向いてしまった。
私はできるだけ落ち着いた口調でとも子に話しかける
「隆志さんの今の言葉、どう受け取られましたか?」
しかし、とも子は答えない。
隆志はそんなとも子を覗き込むように見ている。
私からも、とも子が膝に置いた両こぶしを握りしめているのが見えた。
と、呟くように言う。
「そう思うなら、なんで私を責めるの?」
とも子の口調が変わった。
「責めてなんか」
隆志は否定するが、とも子は更に口調を強めて、被せるように言う。
「責めてる。普段は責めないけど、顔は私を責めてる」
「それは、カオリに対して当たりがキツイときとかにだろ」
二人がヒートアップしてきたのを見て、私は介入した。
「整理しましょう。隆志さんはとも子さんがカオリちゃんを責めているのを見ると、それを諫めようとするんですね?」
隆志は少し声を落とし気味に答える。
「そういうときは、、、そうですね」
しかし、即座にとも子が言う。
「最近、私まったくカオリに怒ってない」
「そうかな。でも、今はこれまでこうだったっていう話をしているんだろう」
「それはもう仕方ないじゃない」
「俺はただ平和に家で酒が飲みたいだけだよ。それをあんなにガミガミやられたら」
「それは私が間違ってた。カオリに何でもちゃんとやらせようとし過ぎてた。そのことをここで気づかせてもらった」
「そう言っていただくと、私も嬉しいです」
ここでも、私は務めて落ち着いた声で介入した。
「とも子さん、ここで本当にご自身を変えようと一生懸命に取り組んでくれています。そのこと、隆志さん、認めてあげられませんか」
「いえ、妻が怒らなくなってくれれば、僕としてはもうそれで満足なんで」
少しぶっきらぼうな答え方だ。
二人には二人が結婚に至った歴史がある。私の促しには、それを私が理解するためという意図ももちろんあるが、それ以上に、二人に、その歴史を振り返ってもらうことに重きを置いている。呼吸を落ち着けた冷静な状態で自身の気持ちや、二人の関係の移り変わりを再体験してもらうのである。
隆志が語りだした。
「初めて妻に会ったのは僕が会社に入って3年目のころでした。会社の営業所が妻の店の前にあったんです。妻の店は食品の販売会社ですが、当時そこでランチサービスしてて。それで、僕が昼にそこに入ったのが始まりでした」
隆志の語りをとも子は黙って聞いている。
「最初、僕からアプローチしたんですよ。初めての時は普通にそこで食事しただけでしたが、昔の話ですが、当時僕がとも子を気に入って」
昔の話・・・単に照れを誤魔化すために言っているのか。それとも今は違うという意味を含ませているのか。
「それで、まぁ、昼飯で通うようになったんですね。で、しばらく通って顔も覚えてもらった頃に、僕からとも子に携帯番号を渡しました。接客してくれている中で、こそッと、『良かったら連絡して』って。結構、いや、かなり勇気要りましたね。僕、そんなタイプじゃないですから。そしたら、割りとすぐでしたね。その日の内にとも子が連絡をくれました」
「すごいですねぇ。隆志さん、とも子さんの第一印象ってどんな感じだったんですか?」
「そうですね。可愛いって思いました」
「うんうん。それで返事来たら、めっちゃ嬉しかったですよね」
「当時は、そうですね」
「とも子さんは、どうですか?どんな第一印象でした?」
「私は・・・あんまり覚えてないんです。よくお店に来てくれる人だから、ちゃんと返事しないと、気まずくなるかなって思って返事をしたような気がします」
あまり乗り気で連絡したわけではなかったということか。
「最初は何か企んでるんじゃないかって警戒していました。変な話、体目的かなとか。でも、何度か会ってそんな感じでもないのかなって思ってきて」
「僕、もともと結婚願望強かったんですよね。できるだけ早く結婚したいって思っていました」
横でとも子が口を挟むように言う。
「私は結婚とか全然考えてなくて。でも、しばらくしてカオリを授かって。それをこの人に伝えたら、じゃ、結婚しようってなりました」
「なるほど、そういう馴れ初めだったんですね。教えていただいてありがとうございます。本当家族の歴史ってありますよね。そういう意味では、私、隆志さんのご実家の話はある程度どんな家庭だったのかって伺ったんですが、とも子さんについては今まであまり聞いていませんでした。よければ、どんなご家庭で育ったのか、お話しくださいますか?」
私の促しに応じで、今度はとも子が話し出した。
「家は、母子家庭でした。父親については、私が物心つく前に離婚していまして。全然記憶にないんです。それで、自分が何歳くらいのときだったかは覚えてないんですけど、一回だけ『お父さんはどこにいるの?』って母に聞いたことあったんです。そしたら母は『嫌なこと思い出させないで』って言ったと思います。それで、私は、父については聞いちゃいけないんだって子ども心に思いました」
それなりに重い話だが、淡々と話す感じが、どこか感情を切り離しているような話しぶりだ。
「前にも少し話しましたが、母は何かにつけて私を責める人でした。それで、早く家を出たいってずっと思ってたんです。それで、実家は三重だったんですが、短大を出て、就職と同時に名古屋に出てきました。それ以来、全く絶縁状態っていうわけじゃないですけど、あまり関わってないです。数年に一回くらい、カオリを連れて行ったことがあるくらいです。今は母は一人ですが、元々飲み歩いてる人でしたから、友達も多いですし、悠々自適に暮らしていると思います」
やや吐き捨てるようなニュアンスを感じる。
そして、ひと通り話しても、とも子の話はここで終わらない。
「そんな私から見ると、主人の家って、すごく健全なんですよね。この人、本当に愛情を注がれて育ってるって思います。私のこともすごく温かく迎えてくれて。結婚したばかりのとき、その感じが本当に異文化っていうか、普通の家ってこんななんだって思いました。お義母さんなんて、私とこの人がケンカすると大抵私に気を遣って、味方してくれるって言うか、この人を諫めてくれるんです」
「お袋は本当、誰にでも優しいから」
隆志も同調する。
「でも・・・、」とも子は声のトーンを落としてつづけた。「私はどうしても、私なんかって思っちゃうと言うか。だから、この人の実家では気を張っちゃうんです。優しくされると、ついボロが出ちゃう気がして」
隆志はとも子とは対照的に声のトーンが上がる。
「そんな気を張る必要ないだろう」
「でも、お義母さんみたいに、できない」
これを聞いて慰めるように隆志が言う。
「あんな風には誰もできないよ」
「・・・」
とも子は下を向いてしまった。
私はできるだけ落ち着いた口調でとも子に話しかける
「隆志さんの今の言葉、どう受け取られましたか?」
しかし、とも子は答えない。
隆志はそんなとも子を覗き込むように見ている。
私からも、とも子が膝に置いた両こぶしを握りしめているのが見えた。
と、呟くように言う。
「そう思うなら、なんで私を責めるの?」
とも子の口調が変わった。
「責めてなんか」
隆志は否定するが、とも子は更に口調を強めて、被せるように言う。
「責めてる。普段は責めないけど、顔は私を責めてる」
「それは、カオリに対して当たりがキツイときとかにだろ」
二人がヒートアップしてきたのを見て、私は介入した。
「整理しましょう。隆志さんはとも子さんがカオリちゃんを責めているのを見ると、それを諫めようとするんですね?」
隆志は少し声を落とし気味に答える。
「そういうときは、、、そうですね」
しかし、即座にとも子が言う。
「最近、私まったくカオリに怒ってない」
「そうかな。でも、今はこれまでこうだったっていう話をしているんだろう」
「それはもう仕方ないじゃない」
「俺はただ平和に家で酒が飲みたいだけだよ。それをあんなにガミガミやられたら」
「それは私が間違ってた。カオリに何でもちゃんとやらせようとし過ぎてた。そのことをここで気づかせてもらった」
「そう言っていただくと、私も嬉しいです」
ここでも、私は務めて落ち着いた声で介入した。
「とも子さん、ここで本当にご自身を変えようと一生懸命に取り組んでくれています。そのこと、隆志さん、認めてあげられませんか」
「いえ、妻が怒らなくなってくれれば、僕としてはもうそれで満足なんで」
少しぶっきらぼうな答え方だ。