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こころ日誌#37

目標喪失

少しずつ日が短くなってきて、夕方になると少し涼しく感じる。空は限りなく高い。秋晴れの清々しさを感じながら私は、相談室の駐車場を掃除していた。
掃除と言ってもホウキやチリトリを使った、いわゆる掃き掃除ではなく、雑草抜きがメインだ。夏の間はこまめにしないとすぐに生えてくるが、残暑があるとは言え、もう季節は秋に移ったところだ。そんなに頻繁な雑草抜きは必要ない。今回が終われば、もう次の春まではしないでいいかもしれない。そう思いながら駐車場にいたところ、黒いワンボックスカーが入ってきた。
それに気づき、私は慌てて時計を見る。17時に差し掛かるところだ。早々に掃除を終わらせて、相談室内の準備をするつもりであったが、つい時間を忘れて雑草を抜いていた。
私は手に持っていた雑草を目立たないところに置き、あたかも駐車場まで出迎えたような素振りで車から客が降りてくるのを待った。
そんな私の胸の内は当然知る由もないだろう。ワンボックスカーの後部座席の扉が開いて降りてきたのは、セーラー服に身を包んだカオリだ。

「こんにちは」私が挨拶をすると、「こんにちは」とカオリも返してくれる。運転席の窓が開き「じゃ、お願いしますね」ととも子だ。
私は笑顔を作って会釈をすると、とも子はそのまま車で駐車場から出て行った。
それを見送るり、残されたカオリを連れ立って相談室の中に移動した。

20〷+1年10月10日 カオリ #20
部屋に通して、カオリに椅子を勧めると、私は奥に移動する。雑草抜きで汚れた手を洗い、茶菓子の準備をし、盆にのせてカオリの前に戻ってくる。
「今日は一人で良かった?」
「はい。お母さんにそう聞きました」
「えっと、お母さんに言われたってことですか?確かに、僕から今後のカオリちゃんとのカウンセリングはお母さんと別にしたらどうかなって提案しました。でも、カオリちゃんの気持ちを大事にしたいと思っています。一人で良かったですか?」
私はもう一度同じことを聞いた。
夫婦の問題からカオリを切り離し、カオリが自分のために動けるようになってもらうための提案であったが、カオリの意向を聞いて決めてくださいととも子には伝えてあった。
それについてカオリはすぐには答えない。
両親の問題から自分が切り離されたことをまだ怒っているのかもしれないと思い、カオリの様子を伺った。
「私は・・・どうしたいかわからないです。ここで何をしたいかも」
やはり目標喪失は大きいのか。
そんなカオリの様子を見ていると、カオリを母親から切り離す判断が正しかったのか、私も揺さぶられる。
「何をしたいか分からない。。。僕はカオリちゃんがここで自由に過ごしてもらえるといいと思っているのね。ここはカオリちゃんにとって、何も気兼ねしないで良い自由な空間。窓から指す木漏れ日と、お茶菓子がカオリちゃんを歓迎しています。そこでゆったりとくつろいで、カオリちゃんの心を真っ白にしていけるといいと思っています。たとえば・・・カオリちゃん、絵を描くのが好きだって前々から聞いていますが・・・もしよければ、ここで絵を描いて過ごしませんか。カオリちゃんがどんな絵を描くのか、僕も見てみたいです」
伝えていることに他意はない。しかしやはり私の中に負い目があるため、この説明もどこか取り繕っている感じを醸し出してしまっていたかもしれない。
そんな私の自省を感じ取ってか否かは分からない。
「何ももってきてません」
とカオリ。
「普通のコピー用紙もあれば、画用紙もある。鉛筆以外に、クレパス、色鉛筆、水彩の用意はあります」
そう勧めると、
「じゃ、コピー用紙と鉛筆ください」
と言ってカオリは私の提案を受け入れることを伝えてくれた。

カオリが絵を描き始めると、私は務めてHRV呼吸をしながらカオリの運筆を見つめていた。物の数分の間に大まかな輪郭を仕上げると、そこから細部に手を入れていく。鉛筆の動きや消しゴムの使い方はスムーズで、その様子からは描き慣れているのが伝わってくる。
そうして描き上がったのは以前にとも子が見せてくれたような傷ついた女の子ではなく、勇ましい男の子のキャラクターだ。
「これは何かのキャラなんですか?」
私が聞くと、カオリが好きなゲームのキャラクターの二次創作だそうだ。
更に見ていると、それだけでなく、可愛く微笑む女の子、動物キャラクターを書き足す。出来上がったのは、3人のキャラクターにそれぞれのストーリーを感じさせるような、それでいてお互いが自然と収まっているような絵だった。
「漫画の表紙に使えそうだね」と私が言うと、カオリはマスク越しにはにかんだように見えた。
実際、その完成度は素人の私的には極めて高いもののように見えた。
そのクオリティに感嘆の意を示しつつ、更に描きこんでいるカオリを私はただ見つめていた。


カオリを送り出した後、私は、飲み残しのお茶と空になったクッキーの包装フィルムを片付け、記録を描くためにパソコンを起ち上げる。
今回はカオリに自由で楽な関係を体験してもらうのが狙いのセッションとなった。
カウンセリングでは言語を介した困りごとの相談は実はひとつの形態に過ぎない。その狙いはあくまでも、心の回復だ。今回のように、気兼ねない関係の中で、自分の好きなことに没頭するのは、それだけで心をスッキリさせてくれる。
そしてその自由な雰囲気の中で描きあげられた3体のキャラクター。勇ましい少年と優しく微笑む少女、元気そうな動物キャラ。山野家の3人を象徴していると解釈するのは早計だろうか。

アセスメント
・両親の問題から切り離されたことに対しては、やはりスッキリしない思いを抱えている様子。
・一方で、Th(カウンセラーを表す表記)の前で、創作活動に取り組み、自由な時間を過ごせたことは、新しい展開を予想させる。

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