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こころ日誌#35

大丈夫だ

私の中で合点がいった。
「罪悪感を刺激されて、それを発奮材料にされたわけですね。素晴らしいです」
「いえ、まぁ、どうなんでしょうか」
褒められて、照れたように、隆志はお茶を濁すような返答だ。
「山野さん、期待されるとすごく頑張っちゃうタイプなんですね」
「まぁ、そのときの経験でそうなったんですかね」
私はこれまでの話をまとめるように言う。
「隆志少年は期待に応えるために頑張る。そしてそれに応えられないと、自分を責めてしまう。そしてそれを反骨精神で更に頑張るタイプなんですね」
隆志は静かに聞いている。
「とてもストイックです。そして、ご家族に対する責任もきっちり果たしておられる。そんなストイックさがあるからこそ、ご自身が期待に応えられないとご自身に腹が立ちます」
隆志は無反応なままだ。
「そして、『あなたに話しても何も解決しない』って言われたとき、奥さんに『あなたは私の期待に応えられない』って通告された気持ちがしたんじゃないでしょうか」
私は問いかけるように言う・・・が、やはり無反応だ。
私はその意味を測りかねる感じで聞く。
「今のストーリー、どう思われますか?」
「いえ、何もないです」
「何もない?」
「言われてみればその通りなのかなって感じです」
つまり、反論する部分はないということか。

「ごめんなさい。今、私、理屈に走っちゃっていますね。山野さん、納得しきれない感じですか」
「いえ。納得はしました」
納得「は」・・・隆志の反応に私が戸惑っていると、隆志が言う。
「ただ、理屈は分かるんですが、だからと言ってどうしていいかって言うのが見えてこないと言うか」
なるほど、そういうことか。確かに理屈を突き付けても、そこに解決がなければ、その理屈には何の意味もない。
そこで、私は言った。
「もう一度聞きます。今思い返して、お兄さんのマウント、お父さんの圧、そして、お母さんの慰め。今の山野さんに一番影響していそうなのはどれでしょうか」
「影響?どれもあると言えばあるし、ないと言えばない気がします」
私はここで、少し互いを落ち着かせる意味で、大きめの深呼吸をした。
そして、ゆっくりとした口調で伝えた。
「落ち着いて私のストーリーを聞いてください。期待を裏切ってしまって、家族全体をいたたまれない気持ちにしてしまったんですね」
「はい」
隆志は私がこれから何を言うのかということに多少なりとも身構えている様子だ。
「その気持ちはどうやって救われたんでしたか?」
「さっきの登場人物で言うと、母親が慰めてくれたってことでしたよね」
「今考えてもそう思いますか?」
「まぁ、そうだったのかなって思います」
「もう一度、お母さんに慰めてもらった場面を思い出してみてください」
「なんろう。ショックを受けてたら、『隆志は馬鹿じゃないよ』って言ってくれて、すごく一生懸命に慰めようとしてくれました」
「そうでしたね。どんな気持ちでしたか?」
「その時は、それが余計に申し訳ない気がしました」
「よく思い出してみましょう。お父さんの期待に応えられないで落ち込んでいた隆志少年。お兄さんに追い打ちをかけられた隆志少年。とってもいたたまれない気持ちでした。そこに『隆志は馬鹿じゃないよ』って、今、お母さんが言ってくれています。そして、お兄さんに真剣に怒ってくれています」
隆志は黙って聞いている。
「お母さんの表情、声、口調・・・思い浮かべてください」
「ありがたいですね」
隆志はつぶやいた。
「お母さん、どんな気持ちだったと思いますか?」
「『落ち込まなくていい。大丈夫だ』って感じですかね」
「そのときのお母さんの気持ち、よく、浸っていきましょう」
そう言って私は少し間を取った。
「そう言ってもらったとすると、今はどう思いますか?」
「そうですね。その通りだって思います」
「うんうん」
私は目を閉じている隆志に聞こえるように同意を言葉で伝えつつ更につづけた。
「では、奥さんに『あなたに話しても何も解決しない』って言われて、落ち込んでいる、昔の山野さんに、今の山野さんご自身が『落ち込まなくていい。大丈夫だ』って言ってあげられますか?」
今度はここで、隆志がしばらく間を取った。
無表情ではあるが、深く呼吸してその場面に思いを巡らしている様子が伝わってくる。
時間にすると30秒ほどだろうか。
沈黙の後、隆志は首を深く頷かせて、
「大丈夫です」
と、ゆっくり噛みしめるように言った。

「山野さん、今日もとっても頑張って取り組んでいただいてありがとうございます」
私はできるだけ優しい笑顔を作り、ねぎらいの言葉を伝えた。
隆志も目を開き、自然な笑顔を作って応える。
「では、温泉に戻りましょう。隆志少年が子どものころに連れて行ってもらって、平和を感じた、雪景色の温泉に」
私の誘導に従って隆志は再び目を閉じた。表情から穏やかさを感じる。

十分な時間を取った後、目を開けた隆志に、私は振り返りを促した。
「伺っていると、お母さんが山野さんのご実家でバランサーになってくれていたみたいですね」
「そうでした。すごく気遣いできる人で、今は僕の話をしていますが、兄に対しても、親父に対しても、優しいし、怒るときは怒るんですが、愛があるんですよね。だから、みんな母を頼ってた部分は確かにあります」
「今日奥さんに向けられていた怒りがご自身に対する怒りであったことに気づきました。そしてそんな昔の隆志さんに、『大丈夫だ』って伝えることができました。今、『あなたに話しても何も解決しない』っていう言葉を思い出して、どうですか?」
「そうですね。完全に自分が悪いとか思うわけじゃないですし、まだまだ妻に腹が立つ気持ちがないわけではないですが、冷静に話し合おうっていう気持ちにはなれます」
「それが大事だと思います。今日奥さんに向けた気持ちを整理して、その上で今度は奥さんも一緒にカウンセリングの場で話し合いましょう」
私からの誘いに隆志は落ち着いた口調で答える。
「わかりました」

こうして二回目の隆志との面接が終わった。
Zoomを閉じると、早速いつものように記録を書くために、記録アプリを起ち上げつつ、自分用のコーヒーを注ぐ。今回もグラスに氷を浮かべたアイスコーヒーだ。

夫婦合同面接の了承を取れたこと、隆志のとも子に対する怒りの背景にあった、隆志自身の傷つきを確認したことなどを文章にしてまとめる。
アセスメント
・隆志のストイックな性格の背景には反骨精神があり、それが自身にも他者に対しても攻撃性に転化する傾向がある。
・自身の母親を理想化しているところがあり、それがとも子に対する期待となり、その期待に応えないとも子を攻撃するという構図も見て取れる。
・自身に期待に応えられなくても大丈夫だというメッセージを送ることで、罪悪感から解放される感覚を促し、自己受容を進める一歩となることを期待。
方針
・次回夫婦合同面接をする。

「合同面接・・・」
私は独り言をつぶやきつつ、記録アプリの保存ボタンを押した。

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