こころ日誌#34
隆志の回想
「では、あったかい温泉につかって、その中から、奥さんの言葉を咀嚼していきましょう。あったかい温泉で体をリラックスさせながら。。。その怒りをよく見ていきましょう」
怒りの感情を引き起こした状況を、リラックスした気持ちで回顧する。そうすることで、その状況を冷静に評価できるようになる。
私は隆志の様子をよく観察しながら、私は次の段階に入るための言葉をつなぐ。
「山野さん、その種の怒り、山野さんの人生の中で、何度か味わっているんじゃないかと思います」
「どういうことですか?」
「その時の腹立ちと似たような怒りを覚えた別の場面って、何か思い出せますか?」
「え、腹が立ったことなんていっぱいありますよ。出張から帰ってきても、僕が出かけたときにキッチンの流しに置いてあった洗い物が手を付けられずに残ってた時とか」
「なるほど、そんなこともあったんですね。それは最近のことですか?」
「いや、2年前くらいですかね」
「できれば、山野さんが思い出せる一番古い記憶に立ち返ってもらうことはできますか?『あなたに話しても何も解決しない』って言われたときに感じた怒りと似たような気持ちになった一番古い記憶です」
「え~、なんでしょう。多分いっぱいあると思うんですが。。。」
目を閉じたまま、隆志は自身の記憶を遡ろうとする。その隆志の努力に敬意を感じつつ、私は深い呼吸をしながら見守った。
少しの間を置いた後に、隆志は語りだした。
「今思い出すのは、そう中学受験の時ですかね」
「何がありましたか?」
「僕、二つ上に兄がいるんですが、兄が行ってた中学に僕も行こうと思って受験したんですが、僕落ちちゃったんですよね。そのときに、兄が『お前馬鹿だな』って。今考えても酷いですよね。人が落ち込んでいるところに追い打ちをかけると言うか」
「なるほど、それで腹が立った」
「はい」
「そのときの感情よく味わっていきましょう。いつでも温泉に入れる準備をしながら」
「なんですかね。すごく悲しかったんですよね。親の期待を裏切ってしまったと言うか」
「結構教育熱心なご家庭だったんですか?」
「いや、そういうわけではないと思うんですが、母親はすごく優しかったですし。でも、父親が高卒なんで、子どもには学歴をつけさせたいっていう気持ちがあったの、今思えば理解できますが、それでかな。プレッシャーに感じてたんだと思います。それで、そう、腹が立ったっていうのとズレちゃいますが、親父の期待を裏切ってしまったっていう感じで途方に暮れていたと言うか。そこに追い打ちをかけられたから腹が立ったのかもしれません」
「なるほど。つまり腹が立ったっていう気持ちの裏には悲しみがあったんですね」
「そうかもしれません。そうするとさっき言ってた妻に腹が立ったっていうのと話がズレちゃいますね」
「ズレちゃいますか?」
「そんなことないですか?」
「今回は奥さんの『あなたに話しても仕方がない』でしたっけ」
「『何も解決しない』ですね」
「そうそう。『あなたに話しても何も解決しない』という言葉を起点に感情を遡っています。なので、何らかの関係性があるんだと思います」
「そうなんですか」
隆志は思い思い当たる感覚がない様子だ。
私は掘り下げる。
「奥さんへの怒りの裏にも、もしかしたら何らかの悲しみがあったのかもしれません。もう少しそのときの状況をよく探っていきましょう。お兄さんに『お前馬鹿だな』って言われて、腹が立って、それからどうなったんですか?」
「うろ覚えですが、多分、兄に言い返すこともできなくて、呆然としてたんですよね。そしたら、母が来て慰めてくれたのかな。って、それだけの話なんですけどね」
「さっきもお母さんは優しかったって言っていましたね。そのお母さんが、落ち込んでる隆志少年のところに来て、慰めてくれたんですね。それからどうなりました?」
「いや、ホントそれで終わりです」
「なるほど、ではこの話の中から、山野さんの奥さんに感じている怒りの根源を探っていきましょう」
「そんなの分かるんですか?」
「登場人物は山野さんの原家族4人です。お兄さん、お父さん、お母さん、そして隆志少年」
「はい」
「まずそれぞれの人物像を整理しましょう。お兄さんは、自分が落ちた学校に受かってて、マウント取ってくる感じだったんですかね」
「そうですね。その時以外にも、なんだかんだ、上から言ってくると言うか、そういう感じでした。まぁ、今では普通に仲いいですけどね。お互いに家庭を持っていますが、たまに一緒に飲んだりもします」
「あ、そうなんですね。子どものころと関係が変わった感じなんですね」
「お互いに大人になりましたからね」
「なるほど。次にお父さんです。高卒で、隆志少年に学歴をつけさせたいと思ってプレッシャーをかける人だった」
「具体的にプレッシャーをかけるって程、何か言ってきてたわけじゃないですが、でも、大学に行かせたい思いは強い人でしたね。なんか、今時当たり前なのに、未だに、俺は二人の息子を大学まで行かせたんだって誰かに自慢したりする恥ずかしい親父です」
「なるほど。よっぽど二人の息子さんを誇らしく思ってらっしゃるんですね」
「二人ともそんなにすごい大学入ったわけじゃないんですけどね」
「うんうん。そして、最後に、お母さんですね。優しくて、落ち込んでる隆志少年を慰めてくれる人だったわけですね」
「母はできた人と言うか、家は自営だったんですが、親父よりも、お袋の方が働いてたイメージです。まじめで優しくて。今でもカオリのこと、すごく気にかけてくれていますし」
「お近くなんですか?」
「ですね」
そう言えば、以前、カオリが時々お祖母ちゃんの家に行くという話をしていたことを思い出した。あれは父方の実家だったのかなと頭の片隅で思う。
「では、今挙げた3人の中で、誰に怒りを感じますか?」
「その中でと言えばやっぱり兄ですが、今その怒りを思い出せって言われても、今は何も感じません。あの時腹が立ったっていう話なので」
「もう一度、その場面を詳細に見ていきましょう。詳しくお話いただけますか?」
促しに応えて、隆志が話し出した。
「受験の発表があって、当時は今みたいにネット発表なんてなかったから、その学校まで発表を見に行くんですね。親父と二人で見に行って、『あぁ、駄目だった』ってなって。帰り道はなんか申し訳ない気持ちでしたね。親父も多分、なんて声掛けして良いか分からなかったんだと思うんですが、ずっと無言で。別に僕はどうしてもその学校に行きたかったわけじゃないんですが、それでも、親父の期待は感じていましたから。で、なんか、いたたまれない感じでした」
私は相槌を打ちつつ、隆志の語りを促した。
「それで、家に帰ったら、兄も母もいて。それで、どのタイミングだったのかなぁ。兄に『お前馬鹿だな』って言われたんです。そのとき、母がすごく怒ってくれました。で、『隆志は馬鹿じゃないよ』って言ってくれるんですが、本当に僕に気遣ってくれて、それがやっぱり申し訳ない気持ちになりました」
「自分が悪いと思ってしまった?」
「そうかもしれません。あ、なんとなく解ってきました。さっき兄に一番怒りを感じるって言いましたが、違いますね。自分です。今思い出しても、兄に対しては怒りは感じませんが、そんな空気を作ってしまった自分に腹が立ってたんですね」
「ご自身に対して腹が立っていた・・・罪悪感?」
「そうですね」
私は隆志から出てきた言葉を拾いながら、考察を巡らせる。
父親からの期待・・・。
申し訳ない気持ち・・・。
責任・・・。
大分私の中でストーリーが組み上がってきた。
そこで私は更に聞いた。
「今もその罪悪感がご自身の生活に影響してそうな感じがありますか?」
隆志は首をかしげるように言った。
「どうなんでしょう。中学は結局公立に行きましたが、そこで、友達にも恵まれたし、結局大学はそこそこのところには入れましたから。そんなにその時の罪悪感を抱えて生きているわけじゃないですよ」
隆志は一旦はその影響を否定するも、思い出したように続けた。
「あ、でも、やっぱり私立落ちちゃって悔しかったから、巻き返そうと思って勉強は頑張りましたね。そういう意味ではあの罪悪感が、僕を奮い立たせてくれたのはあると思います」
やはり、そういうことか。
怒りの感情を引き起こした状況を、リラックスした気持ちで回顧する。そうすることで、その状況を冷静に評価できるようになる。
私は隆志の様子をよく観察しながら、私は次の段階に入るための言葉をつなぐ。
「山野さん、その種の怒り、山野さんの人生の中で、何度か味わっているんじゃないかと思います」
「どういうことですか?」
「その時の腹立ちと似たような怒りを覚えた別の場面って、何か思い出せますか?」
「え、腹が立ったことなんていっぱいありますよ。出張から帰ってきても、僕が出かけたときにキッチンの流しに置いてあった洗い物が手を付けられずに残ってた時とか」
「なるほど、そんなこともあったんですね。それは最近のことですか?」
「いや、2年前くらいですかね」
「できれば、山野さんが思い出せる一番古い記憶に立ち返ってもらうことはできますか?『あなたに話しても何も解決しない』って言われたときに感じた怒りと似たような気持ちになった一番古い記憶です」
「え~、なんでしょう。多分いっぱいあると思うんですが。。。」
目を閉じたまま、隆志は自身の記憶を遡ろうとする。その隆志の努力に敬意を感じつつ、私は深い呼吸をしながら見守った。
少しの間を置いた後に、隆志は語りだした。
「今思い出すのは、そう中学受験の時ですかね」
「何がありましたか?」
「僕、二つ上に兄がいるんですが、兄が行ってた中学に僕も行こうと思って受験したんですが、僕落ちちゃったんですよね。そのときに、兄が『お前馬鹿だな』って。今考えても酷いですよね。人が落ち込んでいるところに追い打ちをかけると言うか」
「なるほど、それで腹が立った」
「はい」
「そのときの感情よく味わっていきましょう。いつでも温泉に入れる準備をしながら」
「なんですかね。すごく悲しかったんですよね。親の期待を裏切ってしまったと言うか」
「結構教育熱心なご家庭だったんですか?」
「いや、そういうわけではないと思うんですが、母親はすごく優しかったですし。でも、父親が高卒なんで、子どもには学歴をつけさせたいっていう気持ちがあったの、今思えば理解できますが、それでかな。プレッシャーに感じてたんだと思います。それで、そう、腹が立ったっていうのとズレちゃいますが、親父の期待を裏切ってしまったっていう感じで途方に暮れていたと言うか。そこに追い打ちをかけられたから腹が立ったのかもしれません」
「なるほど。つまり腹が立ったっていう気持ちの裏には悲しみがあったんですね」
「そうかもしれません。そうするとさっき言ってた妻に腹が立ったっていうのと話がズレちゃいますね」
「ズレちゃいますか?」
「そんなことないですか?」
「今回は奥さんの『あなたに話しても仕方がない』でしたっけ」
「『何も解決しない』ですね」
「そうそう。『あなたに話しても何も解決しない』という言葉を起点に感情を遡っています。なので、何らかの関係性があるんだと思います」
「そうなんですか」
隆志は思い思い当たる感覚がない様子だ。
私は掘り下げる。
「奥さんへの怒りの裏にも、もしかしたら何らかの悲しみがあったのかもしれません。もう少しそのときの状況をよく探っていきましょう。お兄さんに『お前馬鹿だな』って言われて、腹が立って、それからどうなったんですか?」
「うろ覚えですが、多分、兄に言い返すこともできなくて、呆然としてたんですよね。そしたら、母が来て慰めてくれたのかな。って、それだけの話なんですけどね」
「さっきもお母さんは優しかったって言っていましたね。そのお母さんが、落ち込んでる隆志少年のところに来て、慰めてくれたんですね。それからどうなりました?」
「いや、ホントそれで終わりです」
「なるほど、ではこの話の中から、山野さんの奥さんに感じている怒りの根源を探っていきましょう」
「そんなの分かるんですか?」
「登場人物は山野さんの原家族4人です。お兄さん、お父さん、お母さん、そして隆志少年」
「はい」
「まずそれぞれの人物像を整理しましょう。お兄さんは、自分が落ちた学校に受かってて、マウント取ってくる感じだったんですかね」
「そうですね。その時以外にも、なんだかんだ、上から言ってくると言うか、そういう感じでした。まぁ、今では普通に仲いいですけどね。お互いに家庭を持っていますが、たまに一緒に飲んだりもします」
「あ、そうなんですね。子どものころと関係が変わった感じなんですね」
「お互いに大人になりましたからね」
「なるほど。次にお父さんです。高卒で、隆志少年に学歴をつけさせたいと思ってプレッシャーをかける人だった」
「具体的にプレッシャーをかけるって程、何か言ってきてたわけじゃないですが、でも、大学に行かせたい思いは強い人でしたね。なんか、今時当たり前なのに、未だに、俺は二人の息子を大学まで行かせたんだって誰かに自慢したりする恥ずかしい親父です」
「なるほど。よっぽど二人の息子さんを誇らしく思ってらっしゃるんですね」
「二人ともそんなにすごい大学入ったわけじゃないんですけどね」
「うんうん。そして、最後に、お母さんですね。優しくて、落ち込んでる隆志少年を慰めてくれる人だったわけですね」
「母はできた人と言うか、家は自営だったんですが、親父よりも、お袋の方が働いてたイメージです。まじめで優しくて。今でもカオリのこと、すごく気にかけてくれていますし」
「お近くなんですか?」
「ですね」
そう言えば、以前、カオリが時々お祖母ちゃんの家に行くという話をしていたことを思い出した。あれは父方の実家だったのかなと頭の片隅で思う。
「では、今挙げた3人の中で、誰に怒りを感じますか?」
「その中でと言えばやっぱり兄ですが、今その怒りを思い出せって言われても、今は何も感じません。あの時腹が立ったっていう話なので」
「もう一度、その場面を詳細に見ていきましょう。詳しくお話いただけますか?」
促しに応えて、隆志が話し出した。
「受験の発表があって、当時は今みたいにネット発表なんてなかったから、その学校まで発表を見に行くんですね。親父と二人で見に行って、『あぁ、駄目だった』ってなって。帰り道はなんか申し訳ない気持ちでしたね。親父も多分、なんて声掛けして良いか分からなかったんだと思うんですが、ずっと無言で。別に僕はどうしてもその学校に行きたかったわけじゃないんですが、それでも、親父の期待は感じていましたから。で、なんか、いたたまれない感じでした」
私は相槌を打ちつつ、隆志の語りを促した。
「それで、家に帰ったら、兄も母もいて。それで、どのタイミングだったのかなぁ。兄に『お前馬鹿だな』って言われたんです。そのとき、母がすごく怒ってくれました。で、『隆志は馬鹿じゃないよ』って言ってくれるんですが、本当に僕に気遣ってくれて、それがやっぱり申し訳ない気持ちになりました」
「自分が悪いと思ってしまった?」
「そうかもしれません。あ、なんとなく解ってきました。さっき兄に一番怒りを感じるって言いましたが、違いますね。自分です。今思い出しても、兄に対しては怒りは感じませんが、そんな空気を作ってしまった自分に腹が立ってたんですね」
「ご自身に対して腹が立っていた・・・罪悪感?」
「そうですね」
私は隆志から出てきた言葉を拾いながら、考察を巡らせる。
父親からの期待・・・。
申し訳ない気持ち・・・。
責任・・・。
大分私の中でストーリーが組み上がってきた。
そこで私は更に聞いた。
「今もその罪悪感がご自身の生活に影響してそうな感じがありますか?」
隆志は首をかしげるように言った。
「どうなんでしょう。中学は結局公立に行きましたが、そこで、友達にも恵まれたし、結局大学はそこそこのところには入れましたから。そんなにその時の罪悪感を抱えて生きているわけじゃないですよ」
隆志は一旦はその影響を否定するも、思い出したように続けた。
「あ、でも、やっぱり私立落ちちゃって悔しかったから、巻き返そうと思って勉強は頑張りましたね。そういう意味ではあの罪悪感が、僕を奮い立たせてくれたのはあると思います」
やはり、そういうことか。