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こころ日誌#32

大和魂

パソコンの前に座った私は、カメラが捉えた自分自身の映像とにらめっこしている。
クライアントの入室を待つ間に、髪型や無精ひげ、服装が清潔感を損ねないことを確認しているのだ。
オンライン面接では、対面の面接ほど見た目が相手に伝える情報は多くはない。そうなると、つい身だしなみがおろそかになりがちだ。
クライアントに不快な印象を与えないように、そして、目の前のクライアントに対する敬意を持っていることを自覚するために、オンライン面接でも、対面のときと同等に全身の身なりをきちんとして臨む。それをカメラを通して再確認しているところだ。
しかしその作業もそんなに時間がかかるものでもない。
やがて、私の意識がパソコンの画面から外れ、若干がトリップ気味になったとき、PCのポップアップが開いた。

「『yamano takashi』の入室がありました。許可しますか?」

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20〷+1年 9月28日 隆志#2 オンライン面接
お互いのパソコンが正常に機能し、カメラの向こうにいるお互いの映像を確認するのに一瞬のタイムラグがある。マイクから向こうの音声は聞こえるが、相手側のカメラがまだオンになっていないため、山野父を映し出していない。少しの間、私は声掛けをせずに待つ。するとカメラがオンになり、前回と変わらない様子の父親を映しだした。
おっと、違う。私は今後、父親、母親ではなく、隆志、とも子と頭の中で呼ぶことにしたことを思い出す。

「こんにちは」
私ができるだけ朗らかな口調で伝えると、それに応えて隆志も
「こんにちは」
と、こちらはややドライな印象を受ける声で挨拶をくれた。

「前回から一週間経ちましたが、今日はご気分いかがですか?」
という私の問いかけにも
「特に変わりありません」
とドライな返答が返ってくる。
私は前回のとも子とカオリの合同面接のことを頭に置きつつ聞く。
「その後、何かご家族で話されました?」
「まぁ、妻とは特に会話ないですね。これまでも、口を開けば喧嘩になるようなところも確かにあるなって、前回反省したんですが、じゃ、喧嘩にならないようにって思うと本当に話せなくなるって言うか。思うところがあっても、言わなければ喧嘩にはならないのかもしれませんが、これって本当にいいんですかって思います」
その口調からは、やはり納得のいかなさを感じる。。
「なるほど。ちょっと前回の面接を振り返りましょう。前回、カオリちゃんが小さいときに奥さんと言い合いになった場面が語られましたね」
問題の場面について私から切り出した。
「はい」
「それが夫婦の亀裂を決定的にしたって」
「そうでした」
「つまり、もう10年以上亀裂の入ったままの状態で夫婦関係を続けてきていらっしゃるっていうこと」
「そういうことになりますね」

これまでの経緯を確認した上で私は掘り下げた。
「ちょっとイメージしてみてください。今、山野さんの目の前に壺があったとします。でも、その壺には真ん中に決定的な亀裂が走っています。ヒビよりも深い、真っ二つにするような亀裂です。その状態で壺が形を維持するだけでも困難なのに、本来の壺としての役割を果たすのがとっても難しいということが解ると思います」
隆志は、この私の誘導にやや棘のある言い方で返す。
「回りくどい言い方しなくても、分かります。夫婦関係が良くないから、カオリが不登校になったってことですよね」

―下手に触ると刺されるような感覚だ―

カウンセリングの会話の中でこのような感覚を持った時、そのことを頭の中で言語化して意識することを私は大切にしている。そうしないと、棘を恐れるあまり会話が上滑りして、核心から遠ざかってしまうからだ。
そのことを意識しつつ私は続けた。
「まぁ、結果的にはそういう結論なんですが、その前段階のところで、なんで、壺は割れてしまわないのでしょうか。真ん中に真っ二つに引き裂くような亀裂が入っていたらそのまま割れてしまいそうですが」
カウンセリングの中で、「なぜ」という問いかけは少なからず攻撃的なニュアンスが含まれてしまう。それに隆志も反応するように、やや憮然とした返事をする。
「なんでそんな状態で別れないで一緒にいるのかってことですか」
私は自分の言葉が父親を追い詰めないように、できるだけ感情を抑えることを意識しつつ聞く。
「そういう選択を考えたことはあるんですか?」
そうすると父親の返答もフラットになるのを感じる。
「正直考えるだけなら何度も考えています」
「離婚を考えることがある」

「考えたことはありますが、実際にそのことを夫婦で話したことはないです。やはりこんなでもカオリにとっては両親がそろっていた方がいいのかなって」
「それはお父さんがカオリちゃんのことを本当に愛していらっしゃるからそう思うんですね」
「もちろん子どもはかわいいですよ。不登校は愛情不足なんて言う人もいますが、常識的な愛情はかけてきたつもりです・・・」
カオリへの愛情について私が共感の態度を示したことで、隆志も柔らかい返事に変わってくる。しかしそれに続く言葉はやはり隆志の価値観が強く反映されていた。
「でも、それよりも責任っていう言葉の方がしっくりくる気がします」
「責任」
「子どもを作った親の責任もそうですし、妻と結婚した僕の責任もあります」
「責任感の強い方なんですね」
「自分の行動の責任を放棄することはできません」

圧のある言葉と、ストイックな姿勢に隆志の生きてきた歴史を想像させられる。
「もちろんそうなんですが、それをしっかりと遂行できない人がたくさんいます。山野さん、立派だと思います。ただ、愛情って言うと能動的なイメージですが、責任って言うと、なにか義務を負わされている感じがしますね」
「そう思いますね」
とてもストレートで純直な人柄を感じつつ私は伝えた。
「山野さん、私が簡単に考えていると思わないでください。離婚なんて夫婦や家族にとってものすごく大きな決断なのに、それを無責任にお勧めしているわけじゃないんです。ただ、私は山野さんご自身も、奥さんもカオリちゃんにも、幸せになってほしいって本気で思っています。そして、離婚を考えるくらい、その責任に苦しんでいらっしゃるのに、それを手放すことができない山野さんのお気持ちに、ある種大和魂を感じています」
「大和魂?なんでですか?」
「日本人の気質です。どんなに苦しくても、忍耐強く粘り抜く。自らを省みないで、周りとの調和を優先する姿勢です」
私の例えに隆志は苦笑いを見せる。
「そんな大袈裟なものじゃないですよ」
「でしたら・・・ちょっと想像してみましょう。山野さんの幸せってなんですか?」
隆志が少し驚いた表情を見せる。
「なんでしょう。。。改まって聞かれると、パッと出てこないですが。。。」私の不意の問いかけに少し考えつつも、「人並みに働いて、仕事上がったら家で美味いビールを飲むくらいですかね」
「随分つつましいんですね」
「今更会社で出世してとか、望み薄ですしね」
「なるほど、そういう夢も持っておられた?」
「若いころはそういう時期もありました。でも、現実が見えてくると、そこまで思わなくなりますね」
「なるほど。山野さん、幸せになれますよ」
「ハハ」
隆志は渇いた笑いで応える。

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