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こころ日誌#15

親子の共鳴

3月に入った。冬の寒さが和らいできてはいるものの、まだ春の訪れを感じるには至っていない。いつものように薪ストーブを焚き部屋を暖めながら、PCを起動させる。すると、「ピロ~ン」という着信音を伴ってメーラーのアイコンに新着メールを知らせる数字が表示される。私は、新規の相談申し込みが入っていないかと期待しつつ、そのアイコンをダブルクリックし、メーラーを起動する。しかし残念ながら、入っているのはLINE広告、以前お世話になった看板会社からの広告、ホームページの実績サマリーの三つだ。私の気持ちを上げてくれるようなメールは残念ながら見当たらなかった。しかし一方で予約のキャンセルメールもない。今日は13時に山野家の予約が入っている。思えば1月に会ってから丸一か月以上カオリに会えていない。もうすぐ昼になるが今日はまだ母親からもメールは入っていない。ということは、カオリが来てくれるのだろうか。そんなことを考えながら記録にさっと目を通す。

やがてインターホンが鳴り、対応ボタンを押すと、母親の「山野です〜」という変わらずハスキーな声が部屋に響いた。

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20〷+1年3月3日 カオリ#7 母親#3 母子合同面接
私が相談室の入り口の扉の前で待っていると、「失礼しま~す」という明るい声とともに扉が開く。最初に現れたのは母親だった。いつものように薄いメイクでキャリアウーマンを思わせるきちんとした身なりである。「こんにちは。どうぞ」私も意識して優しい声で迎え入れる。そしてその後ろから、これも初回に会ったときとあまり変わらない上トレーナーで下デニム、髪を後ろで一つに結んでマスクをしたカオリが顔を出す。いや、初めて会った時より幾分髪が伸びただろうか。
「カオリちゃん、よく来てくれたねぇ」と声をかける。私は歓迎の意を伝えるために、いつものようにクッキーとお茶のセットを二つ用意し、それぞれの座る椅子の前に置いた。
「こんにちは。カオリちゃん、ちょっと久しぶりだね。」
カオリは少し照れているのだろうか。目元を緩ませ小さく頷く。そして私としては少しびっくりしたのだが、そのまま頭を傾け、隣に座る母の肩にもたれかけさせたのだ。それは母親に甘えている姿勢でもあるし、照れを隠すために母親の後ろに隠れようとする姿勢でもある。
「ほら、ちゃんとしなさい」と母親がカオリに声をかけるが、そのトーンには以前のような攻撃的な響きを感じない。私はその変化に内心嬉しく思い母親にも声をかける。
「そして、お母さんも。今日は初回以来、3人でセッションを進めていきましょう」と私の方から誘いかけた。母親も「お願いします」と応じる。
「カオリちゃん、1月以来だから、一か月半ぶりくらいなんだけど、前にどんなことしたか覚えてる?」と話を振る。
前回はカオリが初めて感情を昂らせて、両親のケンカの場面を話してくれた回だ。そのことを思い出してかどうかは分からない。カオリは首を傾げた。
私は続けた。
「いいよいいよ。まずはいつものように呼吸を合わせてグラウンディングしていきましょう」
そう伝えて、ワークに入っていく。
グラウンディングを進める中で「カオリちゃんは今とっても安全なところにいるよ。僕がいるし、お母さんもいてくれる」と伝え、カオリが安全を体感してもらえるように声掛けをする。
地に足がついている感覚を研ぎ澄まし、体の重さを感じていく。
「お母さん、今日はせっかく来ていただいていますので、カオリちゃんの肩に手を置いてあげてほしいんです。カオリちゃん、いいかな?」
カオリは小さな声だが「はい」と言って頷く。
それまでは隣で様子を見ていた母親だったが、急に私に声をかけられて不意を突かれたのかもしれない。今日の主役はカオリであり、自分は付き添いという感覚だったのだろう。一瞬反応が遅れた。が、促されると抵抗なく隣に座るカオリの肩に手を置いた。
「今、カオリちゃんの肩にお母さんの手が乗っています。その存在を感じていきましょう。ゆったりとした気持ちで、カオリちゃんの肩に置かれたお母さんの手の重さを感じていきましょう。温度を感じていきましょう」と促す。カオリは目を閉じて私の促しを聴いている。表面上観察できる反応はないが、私は構わずに続けた。
「さぁ、今お母さんも、カオリちゃんの肩に置いた手を通して、カオリちゃんの呼吸を感じていきましょう。心拍を感じていきましょう。カオリちゃんの命を感じていきましょう」母親はカオリに比べると反応が分かりやすい。真剣な表情でカオリの肩に置かれた自らの手の意識を集中させているのが見て取れた。
「カオリちゃんの肩、お母さんの手が今二人を結んでいます。そのつながりからお互いのことを感じられるだけ感じましょう。感じられるだけ感じて・・・伝えられるだけ伝えましょう。そして、お互いの気持ちを合わせていきましょう。同調していきましょう。今カオリちゃんもお母さんも、とっても安全な中で、しっかりと気持ちを合わせる体験をしています。穏やかな気持ちでお互いの優しさを交換していきましょう」
私はこの技法をリゾネイティングと呼んでいる。「共鳴」という意味だ。母子の身体接触により安心感を提供し、幸福ホルモンであるオキシトシンの分泌を促進する。その上で非言語による身体感覚と感情の共鳴を目指す。つまり、母子がお互いの心を通わせるのを助けるワークだ。この回は時間いっぱいをリゾネイティングに費やした。

以下、今回のセッション終了後に書いた記録である。
まとめ
母子での来談。グラウンディング後、リゾネイティング
アセスメント
・母親の様子が本当に和らいだ。
・カオリの緊張も以前に比べてかなりほぐれいてる。
・母子の間で互いに感じていた圧や緊張もかなり低減された。
方針
・向こう数回はリゾネイティングを継続する。
・そろそろ今後のカオリの現実的な適応についても考えていく必要がある。

「現実的な適応・・・」パソコンで打ち込んだ後に、自分でも声に出した。
そう。カオリはもうすぐ3年生になる。


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