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こころ日誌#12

怖い絵

2週間というのは早いものだ。日々の業務に追われている中で、気づけば2月16日も終わろうとしていた。その日のケースの記録が終わると、翌日のケースにも思いを巡らせる。いくつかある中で、そう言えば山野家の予約も入っている。カオリは来れるだろうかと思いつつメールを確認する。
1日メーラーを開けないと結構メールが溜まる。そのほとんどは広告だったり営業だ。それらと必要なメールを見分ける作業は毎回骨が折れる。
そんな中で私の目に留まったのは「form: Yamano Tomoko subject: 明日のカウンセリングについて」という項目だった。

「山の香りカウンセリングサービス代表 鈴木様                             
                       受信日時  20〷+1/2/16 18:03
お世話になっております。
明日のカウンセリングですが、実は三日前からカオリがインフルエンザになってしまいました。
もう熱は下がっていて家では平気そうにしていますが、自宅待機期間中ですので、連れていけません。
また私が一人で伺います。

山野とも子」
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前回に続き、またカオリは来れないということだが、インフルエンザは判断が難しい。それ自体は私のカウンセリングに対する抵抗とは言えない。ただ、カウンセリングに来れないことを、カオリがどう思っているのかは気になるところだ。
その様子も明日、母親に聞いてみよう。そう思い、母親の来談を了承する旨の返信をしてメーラーを閉じた。

翌日は朝から別の相談が入っていたので、当然それに応じるため朝から薪ストーブを稼働させていた。
外の凍てつく寒さとは対照的に、すでに部屋の中は十分に温まっており、Tシャツ一枚でもいいくらいだ。
天板の上で煮えくり返るように音を立てているやかんから今にもお湯があふれ出しそうになっている。私はそうならないように、保温ポッドに熱湯を移し替え、再び水道の蛇口をひねり、冷水で満たしたやかんを薪ストーブの天板の上に置いた。
自分で握ったシシャモをまぶしたおにぎりを頬張りつつ、記録に目を通し、今からくるであろう山野母の顔を思い浮かべる。
やがて母親の到着を知らせるインターホンが鳴った。

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20〷+1年2月17日 母親#2 通常面接
入室した母親はいつになくマスクをしている。
カオリのインフルエンザを意識してのことだろう。私も机上に常備しているアルコール消毒を指し「よかったら使ってくださいね」と伝えるとともに椅子に座るように促す。一方で、いつものように奥のキッチンにクッキーを取りに行き、薪ストーブ上で既に湯気を上げている先ほど冷水を入れたやかんからお茶を淹れる。

それらを差し出すと、お盆を片付け、私も母親に正対して椅子に腰を下ろした。
「改めまして、こんにちは。カオリちゃん、大丈夫ですか?」カオリの体調もそうだが、カウンセリングに来れないことについてカオリの様子を聞きたかったというのが私の本音だ。しかしそれは伝わっていないだろう。
「お願いします。カオリはもう元気です。本当は今日も連れてきたかったんですが、一応、うつすといけないので。ウチは私も主人も予防接種打ったんですけど、カオリはいつも家にいるので打たなかったんですよ。大丈夫かと思って。もしかしてどちらかが家に菌を持って帰ってきてカオリにうつしたのかもしれません。先週金曜日に私が仕事から帰ったら、急に体が怠いって言い出したんです。それで、熱計ったら39度5分もあって。急いで小児科受診して、インフルとコロナと溶連菌の検査したんですけど、インフルAの方で陽性って。それでイナビルもらってきたんですけど、発熱が金曜日で良かったです。主人が土日休みで対応してくれたので。さすがに平日で私も仕事の日だったら、一人で家に置いておけませんから」
カオリの状況だけでなく、家庭の様子も伝わってくる。
そうなるともう少し聞きたくなる。
「そうなんですね。それは良かったです。ちなみに今更ですが、お母さんは土日も仕事なんでしたっけ?」これは今まで気になっていた質問だ。母親が火曜日に毎回送迎してくれていることを考えると火曜日が休みなのだろうか。
「そうですね。自然食品の販売会社なんですけど、シフト制でして、土日に仕事入れていることは多いです。その代わり今日みたいに平日休み取りやすいんですよ」
「なるほど。じゃ、旦那さんとも休みは合わないんですね」
「合わないと言うか、敢えてずらしてると言うか」ややバツが悪そうな感じを見せるが即座に否定する。「いえ、仲が悪いからとかじゃないんです。今回みたいなことがあったときにどっちかが対応できるようにっていう意味です」
「なるほどなるほど。前回いろいろ仰ってらしたので、要らぬ推測もしてしまうんですが、ことさらにそういうわけでもないんですね」
母親の言い訳めいた言葉に私も濁すような言い方をしてしまい、ややぎこちない感じの空気が流れる。
「実は今日伺いたいことがあって」と母親がその空気を打ち消すように本題の話を提示してくれる。改まった感じから私も少し体に力が入った。
「カオリが・・・怖い絵を描いているんです」
母親の声のトーンで、深刻な感情がマスク越しに伝わってくる。
「怖い絵?」
「ちょっと見てくれますか?」
そう言うと、母親はおもむろに足元にある荷物置きに入れたカバンからスマホを取り出し操作を始める。
数秒の間に目的の物を表示させると私の方に画面を見えるように差し出した。


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