こころ日誌#10
告知
20〷年2月3日 母親#1 通常面接
「こんにちは。どうぞおかけください」私は母親を相談室に迎え入れて椅子を勧める。
「こんにちは。お世話になります」と言い、着ていたコートと持っていたカバンを荷物入れに入れて椅子に腰を下ろす母親。
振る舞いに上品さを感じさせる。
「外、相変わらず寒いですよねぇ」私は声をかけつつ、ふと、灯油ファンヒーターを片付けるのを忘れていたことに気が付いた。が、後の祭りだ。
私は何も気にしていない素振りでファンヒーターの設定温度を落とし、未だ温まり切らない薪ストーブに一本薪を足す。
「少しお待ちくださいね」と告げて奥のキッチンにクッキーを取りに行く。「お茶もあったかい方が良いですよね。今淹れますね」電気ポットが保温になっていることを確かめ、緑茶のティーバックを湯呑にセットし、お湯を注いだ。
クッキーとお茶をお盆に乗せて、母親の待つ相談机に運ぶ。「ちょっと熱いかもしれないですから、気を付けてくださいね」と伝えて、クッキーを皿に、湯呑は机の上に置いたコースターに乗せた。湯呑から沸き立つ湯気がまだ飲める温度ではないことを知らせている。
母親は薪ストーブの中で育っている火を見つめている。
「このストーブすごいですね。薪ってどうしてるんですか?」
本題に入る前に雑談の話題を提供してくれているのか、単に興味本位なのかは分からない。
「実は、自分で伐ってるんですよ。山で木を伐って、運んできて斧で薪割りするんです。いい運動になりますよ」
返事をしながら私も椅子に腰かけて、母親と対面で座った。
対面すると、母親は薪の調達方法を聞いた時の朗らかな感じから、表情をわずかに引き締め、改まったように口を開いた。
「今日は本当急にすみません。カオリ昨日まではここに来るつもりだったんですけど、朝起きたらお腹痛いって言って。私も前回のこともありましたし、ご連絡しなきゃって思ってたんです。それで、丁度いいかなって思って」やはり薪ストーブに食いついたのは、話題の緩衝材のようなものだったのだろう。
「そうだったんですね。カオリちゃん、心配ですね。でも、私もお母さんに伺いたいことやお伝えしたいこともありましたから、こうしてお越しいただけて良かったです」
私も母親に合わせて表情を引き締めて伝えたが、今度は私の言葉に応えるように母親はわずかに表情を崩した。しかし、それも一瞬で、すぐにまた真剣な口調で言う。
「それで、主人のことなんですが、」カオリの話題ではなく、いきなりそっちからくるのかと多少身構える自分を感じる。「前回も少し話しましたが、カウンセリングに乗り気でないと言うか」
「仰ってましたね。でも、今日もこうしてお母さん、お越しいただいているということは、絶対何が何でも反対っていうことではないんですか?」
母親は少しだけ困ったような表情を浮かべるも、
「だから、結構家ではバトってます」と言って、口元だけで笑顔を作る。
「お母さんが・・・私と一緒に死ぬってお父さんに言ってる」
前回のカオリの表情が思い起こされる。
「そうなんですね。バトルになると・・・かなり激しいんですか?」
「そんなでもないですよ。二人とも声を荒げたりするわけではないですし。私がプイっと無視しちゃう感じです」
私は何か話のチグハグさを感じる。
「お母さんが無視すると、お父さんはそれ以上言って来ない?」
「そうですね。大体、一人で晩酌を始めますね」
本当にバトルになっているのだろうか?夫婦喧嘩をお勧めするわけではないが、バトルと言うと、お互いに対等な関係で言いたいことを言い合うような状態をイメージする。しかし、想像するに、父親が母親を責めると、母親は何も言えなくなる。そのまま気まずい空気になり、父親は酒に逃げてしまうのではないだろうか。まぁ、冷戦状態もバトルの一形態ではあるのだが。
「お母さん、飲んでるお父さんにはもう関わらない?」
「そうですね。そっとしておくと言うか、先にお風呂に入って寝ちゃうことが多いです」
「それは、ずっと夫婦のパターンになってるんですかね」
「結構そんな感じです」
私は思う。カウンセリングに来る来ないの話題以前からこの夫婦はずっと冷戦状態だったのだ。そして夫婦の冷戦は子どもを消耗させる。
「えっと・・・もちろんここへはカオリちゃんの不登校のことで相談にいらしているわけですが、今はちょっとご夫婦の話題でお話を進めてもいいでしょうか」
私は比較的入りの段階で、このセッションで何を話題に取り扱うのかをある程度特定することを大切に思っている。そうでないと、迷子になり話の終着点を見失うからだ。
だが母親は言う。
「私の話を聴いてもらってもいいんですか?」
「もちろんです。と言うか、それが大事だと思っています」私は声のトーンを落として、ゆっくりと、しかしハッキリとした口調で言う。
「正直にお伝えしますと、私、カオリちゃんの不登校の原因、大変失礼ですが、ご夫婦の関係にあると思っています」
これはかなり勇気の要る告知だ。タイミングを間違えると、一気に態度を硬化させて関係が崩れてしまう。だが、この日、母親が自分から一人で面接の場に現れて、父親について自発的に話し始めたこと。
前回、私に助けを求めていただろうこと、今日の真剣な表情、口調。
それらから、今伝えなくてはならないと直感的に判断した。
母親も、私の言葉を否定するでもなく、「来たか」と言わんばかりに覚悟を決めたように見えた。
「こんにちは。どうぞおかけください」私は母親を相談室に迎え入れて椅子を勧める。
「こんにちは。お世話になります」と言い、着ていたコートと持っていたカバンを荷物入れに入れて椅子に腰を下ろす母親。
振る舞いに上品さを感じさせる。
「外、相変わらず寒いですよねぇ」私は声をかけつつ、ふと、灯油ファンヒーターを片付けるのを忘れていたことに気が付いた。が、後の祭りだ。
私は何も気にしていない素振りでファンヒーターの設定温度を落とし、未だ温まり切らない薪ストーブに一本薪を足す。
「少しお待ちくださいね」と告げて奥のキッチンにクッキーを取りに行く。「お茶もあったかい方が良いですよね。今淹れますね」電気ポットが保温になっていることを確かめ、緑茶のティーバックを湯呑にセットし、お湯を注いだ。
クッキーとお茶をお盆に乗せて、母親の待つ相談机に運ぶ。「ちょっと熱いかもしれないですから、気を付けてくださいね」と伝えて、クッキーを皿に、湯呑は机の上に置いたコースターに乗せた。湯呑から沸き立つ湯気がまだ飲める温度ではないことを知らせている。
母親は薪ストーブの中で育っている火を見つめている。
「このストーブすごいですね。薪ってどうしてるんですか?」
本題に入る前に雑談の話題を提供してくれているのか、単に興味本位なのかは分からない。
「実は、自分で伐ってるんですよ。山で木を伐って、運んできて斧で薪割りするんです。いい運動になりますよ」
返事をしながら私も椅子に腰かけて、母親と対面で座った。
対面すると、母親は薪の調達方法を聞いた時の朗らかな感じから、表情をわずかに引き締め、改まったように口を開いた。
「今日は本当急にすみません。カオリ昨日まではここに来るつもりだったんですけど、朝起きたらお腹痛いって言って。私も前回のこともありましたし、ご連絡しなきゃって思ってたんです。それで、丁度いいかなって思って」やはり薪ストーブに食いついたのは、話題の緩衝材のようなものだったのだろう。
「そうだったんですね。カオリちゃん、心配ですね。でも、私もお母さんに伺いたいことやお伝えしたいこともありましたから、こうしてお越しいただけて良かったです」
私も母親に合わせて表情を引き締めて伝えたが、今度は私の言葉に応えるように母親はわずかに表情を崩した。しかし、それも一瞬で、すぐにまた真剣な口調で言う。
「それで、主人のことなんですが、」カオリの話題ではなく、いきなりそっちからくるのかと多少身構える自分を感じる。「前回も少し話しましたが、カウンセリングに乗り気でないと言うか」
「仰ってましたね。でも、今日もこうしてお母さん、お越しいただいているということは、絶対何が何でも反対っていうことではないんですか?」
母親は少しだけ困ったような表情を浮かべるも、
「だから、結構家ではバトってます」と言って、口元だけで笑顔を作る。
「お母さんが・・・私と一緒に死ぬってお父さんに言ってる」
前回のカオリの表情が思い起こされる。
「そうなんですね。バトルになると・・・かなり激しいんですか?」
「そんなでもないですよ。二人とも声を荒げたりするわけではないですし。私がプイっと無視しちゃう感じです」
私は何か話のチグハグさを感じる。
「お母さんが無視すると、お父さんはそれ以上言って来ない?」
「そうですね。大体、一人で晩酌を始めますね」
本当にバトルになっているのだろうか?夫婦喧嘩をお勧めするわけではないが、バトルと言うと、お互いに対等な関係で言いたいことを言い合うような状態をイメージする。しかし、想像するに、父親が母親を責めると、母親は何も言えなくなる。そのまま気まずい空気になり、父親は酒に逃げてしまうのではないだろうか。まぁ、冷戦状態もバトルの一形態ではあるのだが。
「お母さん、飲んでるお父さんにはもう関わらない?」
「そうですね。そっとしておくと言うか、先にお風呂に入って寝ちゃうことが多いです」
「それは、ずっと夫婦のパターンになってるんですかね」
「結構そんな感じです」
私は思う。カウンセリングに来る来ないの話題以前からこの夫婦はずっと冷戦状態だったのだ。そして夫婦の冷戦は子どもを消耗させる。
「えっと・・・もちろんここへはカオリちゃんの不登校のことで相談にいらしているわけですが、今はちょっとご夫婦の話題でお話を進めてもいいでしょうか」
私は比較的入りの段階で、このセッションで何を話題に取り扱うのかをある程度特定することを大切に思っている。そうでないと、迷子になり話の終着点を見失うからだ。
だが母親は言う。
「私の話を聴いてもらってもいいんですか?」
「もちろんです。と言うか、それが大事だと思っています」私は声のトーンを落として、ゆっくりと、しかしハッキリとした口調で言う。
「正直にお伝えしますと、私、カオリちゃんの不登校の原因、大変失礼ですが、ご夫婦の関係にあると思っています」
これはかなり勇気の要る告知だ。タイミングを間違えると、一気に態度を硬化させて関係が崩れてしまう。だが、この日、母親が自分から一人で面接の場に現れて、父親について自発的に話し始めたこと。
前回、私に助けを求めていただろうこと、今日の真剣な表情、口調。
それらから、今伝えなくてはならないと直感的に判断した。
母親も、私の言葉を否定するでもなく、「来たか」と言わんばかりに覚悟を決めたように見えた。